似たもの同士-表紙


 だってまだ未来なんて見えないし
 だってまだ将来なんて考えたくないし

 彼らの日常生活は
 同じサイクルで違う結果を弾き出す。

   学園ドラマ短編集
    「似たもの同士」

 生きる意味なんて
  きっと何処にでも落ちている…



 01. 頭の中を駆け抜ける音楽を、乱暴に振り切って。

 02. いつだって人生はこんなもんだ。

 
03. 運命なんて言葉は必然か偶然と同じぐらい安っぽい。

 04. 永遠なんて信じて無いくせに。

 05. 御伽噺で信じるのは都合の良さだけでいい。

 06. 可愛いのは今のうちだけ。

 07. 綺麗事だけ並べられても…ねぇ?

 08. 苦しいことは苦しいと言えばいいと、誰か教えてくれれば良かったのに。

 09. 結局は他人事なら、放って置いてくれれば良い。

 10. こんな現実より、大切な世界があるの。

 11. さりげない日常への恐怖。

 12. 幸せの息遣いが聞こえる?

 
13. 吸い尽くした空気の行方

 14. 世知辛い世の中と嘆く前に、そんな自分を自覚するべきである。

 15. 率先して考えるべきは、損得である。

 16. 耐えられない事は無いが、それは耐えているだけなんです。

 17. 違いすぎて、絶望と縁を切った。

 18. 躓いた先の…

 19. テレビなんかでよく見かける…けど思い出せない事。

 20. 届いたのは…

 21. 長い時間に埋もれてしまったものの価値

 22. 人間論

 
23. 盗まれたものは誰への愛だった?

 24. 寝ている間に巡る季節

 25. 残った私にどんな価値があると言うのだろう。

 26. ハートの無い贈り物

 27. 光の雫

 28. 振り出しの帰り道

 29. 下手くそな愛情表現

 30. 他の事はずっと見えないままがいい。

 31. 未だ見えない未来に希望の唄を

 32. みつからない思い出の一欠片

 33. 難しい事を考えよう

 34. 面倒事を全て後回しにしてきた結果がこれですよ。

 35. も

 36. や

 37.

 38. ゆ

 39.

 40. よ

 41. ら

 42. り

 43. る

 44. れ

 45. ろ

 46. わ

 47.

 48.

 49.

 50.

 00.
















































01. 頭の中を駆け抜ける音楽を、乱暴に振り切って。


−正直、暗い話なんて聞きたくもないし、したくも無い。−


 学校から帰ってきて、脱いだコートをソファーに放り投げると、テーブルの上にあるメモを手に取った。
 そこには、小さく遠慮がちな文字で、“温めて食べてね。母より”と書いてある。
 毎日毎日飽きもせず繰り返せるな…と、そのメモを丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。放物線を描いて綺麗に飛んで行ったそれは、あと少しのところでゴミ箱には届かず、床に落ちた。

 共働きの俺の家には帰ってきてただいまを言う相手もいない。
 別段それがさびしいわけでも、うれしいわけでもないのだが…ただ、こういう家庭が人間を寂しくさせていくんだなぁと冷静に判断してしまう自分が、少し冷めた人間なんじゃないかと思わせる。

 コートを投げ捨てたソファーの上に座って、テレビの電源を入れる。
 毎日毎日飽きもせず死んでいく人間や、殺された人間の話題ばかりが冒頭に飛び込んでくる。

 いじめ・不登校・自殺・虐待・殺人・暴行・強盗・放火

 もっとマシな番組はないのかと、チャンネルを回せばまったく笑えないバラエティや肝心なところは何も言わない歴史番組、誰が買うのかわからないテレビショッピングが次々と打って出てくる。
 ただ、音が無いと静かすぎる。そんな理由でテレビをつけては…結局一巡りして消してしまう。

 どうしようもなく、どうしようもない。
 やることもなければ、したいこともない。

 そして、何をしていいのか教えてくれる人もいない…か…。

 自嘲気味につぶやいて、またテレビの電源を入れる。
 映るのはやっぱりくだらないバラエティやニュースやショッピングや歴史番組で、それでも無いよりマシかと思い今度は消さずにリモコンの方を離した。

 どうせ流れ出る音は、耳に届かないけど。

 レンジで温めて夕食を食べる。
 不味くも無いが、美味いとも思わない。
 栄養摂取だけが目的の味の無い食事のようなもの。
 それでも、毎日必ず作ってはおいていく母親の熱心さには正直感心する。
 適当に金でも置いといてくれれば勝手に買って食うのに。
 友達なんかでも、母親の作ったものは不味くて食えないと皿ごと床に叩き落してやった、なんて英雄気取りで笑い話にする奴がいるが俺は笑えない。

 どんな気持ちで親がそれを作っているのか、なんとなくだけれど、わかってしまうからだ。


 どうしようもなく平凡な日常が、どうしようもなく大切で。
 それを蔑ろに出来る奴らと笑いあいながら、何故蔑ろに出来るのか理解出来ずにいて…
 先の長い人生で、成功する自信も無くて…
 どっちへ進んでいいのかもわからない。
 どこへ向かっていいのかもわからない。

 だから、どう生きていいのかわからない。

 聞きたくない話に蓋をして、馬鹿な奴らと馬鹿騒ぎしながら、永遠に、永久に、生き続けていられたらどんなにいいだろう…


 食べ終わった食器を流しにおいて、テレビの電源を切った。
 誰もいない静かな空間だけが残り、俺はコートを持つと部屋の電気も消して自室に向かった。


 これから漫画でも読んで時間を潰そう。
 何も考えずに、何も想わずに済むから。

 いつも、読みながら寝てしまうけど…。



+end+
2007.02.13
















































02. いつだって人生はこんなもんだ。


−女の世界はいつだって 戦いの毎日だから−


 授業の合間を縫って交わされる、女の子特有の可愛い模様のついたメモ用紙を、私はボンヤリと見つめていた。
 書かれていることは大した事無い、口で言えば一秒で終わってしまいそうな内容だけど、無下に出来ない。

 「今日なにして遊ぶ?」
 「この授業正直眠いー」
 「あの先生ツバ飛ばしすぎなんだよねー」

 返事を書かなければ、仲間外れ確定。
 正直くだらない。


 女の子の社会はいつだって、団体行動と仲間外れ。
 一人で何も決められない、逃げ出せないスパイラル


 「ってか、ハゲてるよ、あの先生、ぜったいwww」

 私はメモに言葉を付け足して、小さく折りたたんで投げ返した。
 教師は何も気付いてない。

 この小さなメモでさえ、人一人を貶める爆弾だということに。


 戦争だ。



+end+
2007.02.26
















































03. 運命なんて言葉は必然か偶然と同じぐらい安っぽい。


-繰り返し繰り返して また繰り返す-


 パニック映画に踊らされる人間は、安っぽい恐怖を求めて平穏に刺激を与えている。
 それは正直、賢い生き方だと思う。
 作品を作る側は儲かり、見る側は命を危険に晒す必要が無い。
 両方が得をする。
 だけど、私は偽者の刺激に嫌気が差していた。女同士が集まってケーキの話しをするのと同様。いつも同じ平行線の繰り返しで、上がり下がりも無ければ、進化もしないからだ。
 私が求めているのは、本当の意味での刺激。
 その渦の中心に、私は立っていたい。

 慣れた仕草で煙草に火を点け、ほっと煙を吐き出した。
 暗い部屋に、赤い火先だけが浮かび上がる。
 高校に入ってすぐに借りたマンションの一室は、一年経った今でも物が無く閑散としている。
 ソファーとそれとセットになったテーブルが一つあるだけ。
 テレビも無ければ、冷蔵庫も無い。もちろん、それで節約しているわけでも無い。
 必要ないからだ。
 私には。

 冷蔵庫に入れるものなんて何も無い。
  欲しければ買ってくればいいのだから。
 見たいテレビも無い。
  面白い番組なんて、万人共通ではないのだから。
 必要ない。
  私には、寝る場所さえあればいい。

 灰皿代わりの空き缶に灰を落として、何度目かの煙を吐き出す。
 何時から吸い始めたのかわからないが、今でも煙草を美味しいと思うことは無い。
 私にはもしかすると何も無いかもしれない。
 独りの夜はいつだって私にそう語りかけてくる。

 帰る場所も
 一緒に話す友達も
 喜怒哀楽を感じる心も

 暗い部屋に、独りきり。
 私はもしかしたら作られた人形で、何も無いのは人形であるからかもしれない。
 それだったら、ある種刺激的でいいのに…。

 なんて、
 馬鹿馬鹿しい。

 私はまだ半分も吸いきれてない煙草の火を無理やり消すと、ソファーに体を埋めて瞳を閉じた。
 何も考えないように無理やり頭の中を空にする。
 そうしてカーテンの無い窓から差し込む月明かりとネオンをまぶたの裏に感じながら、いつの間にか眠りについた。
 眠りにつきながら思ったことは、明日は久しぶりに学校に行ってみようという前向きな考えだった。

 どうやら私も、安全で平穏な毎日に生きているらしい。
 残念ながら。



+end+
2007.03.25
















































04. 永遠なんて信じて無いくせに。(1cc企画参加作品⇒コラボpage)


-区別あるものは区別がつきにくい-


 奇妙な夢を見た。

 夢の中で俺は、ただひたすら空を仰いでいた。

 「何してるんだ?」と俺が聞くと、
「酸素を集めてるんだ」と俺が答えた。

 雑踏の中に立ちつくして、他人が吸い込み残したごくわずかな酸素を集めてるんだと俺は言った。

 「何でそんな事してんだ?」と俺が聞くと、
俺はあきれて「酸素がないと死ぬ体だからだ。」と答えた。

 俺は納得して「じゃぁ、仕方ないな」と言った。
そしたら俺も納得して「仕方ないんだ。」と答えた。

 そして俺はその世界から居なくなった。



 だけど果たしてそれが夢だったのか。
 現実の俺だって、生きていく事だけで息が詰まりそうなのだから…



+end+
2006.03.29
















































05. 御伽噺で信じるのは都合の良さだけでいい。


-運が良いのか 悪いのか-


 雑踏や人の声、耳を塞ぎたくなるほど五月蝿い音に包まれた夜の街は、汚れすぎた人間の遊び場になる。
 パチンコ・スロット・女・酒・煙草…
 溝に捨てるように金をつぎ込んでは、欲を満たす大人達に紛れ、俺達は同じように金を捨てる。
 まるで、大人になったかのように。
 まるで、それが格好良いかのように。

 この世にネバーランドなんていらない。
 本当に欲しいのは、大人にならない世界じゃなくて、早く大人になって好き勝手出来る世界だ。
 金と権力。地位と名誉。嗚呼、何て素晴らしい。それら全てを手に入れられるなら、どんな汚い世界だってネバーランドより美しいはずだ。
 そんな世界が、俺達には必要なんだ。
 高校生にもなると、大人と子供の区別はつきにくくなる。
 生徒手帳を持ってるか、持ってないか。制服を着てるか、着てないか。それが大人から見た判断基準になる。だから、両方を満たしてない私服姿の俺達は、大人の目からは若い人間としか識別出来なくなる。
 それを利用して、俺達は大人の目の網を掻い潜り、夜遊びを繰り返し、酒や煙草、ギャンブルに溺れる日々をすごした。

 まるで、全ての力を手に入れたかのように錯覚した。

 大勢の仲間でつるむ時もあれば、少人数で悪さを働くときもあった。
 善悪の区別なく、したい事は全て試した。
 恐喝や暴行、窃盗…その他犯罪も犯した。そのスリルを楽しみたい為に。
 最初は疼いてた良心も次第に麻痺して、今は何の罪悪も感じない。
 呼吸するより、生きるより、簡単に…俺達は罪の世界に埋もれていった。

 そうする事でしか、生きていけず。
  誰もそれが駄目だとは教えてはくれなかった。
 そうする事でしか、仲間でいられず。
  誰も止めたいとも言い出せず毎日が麻痺していった。
 そして、罪を重ねることでしか、俺達は心の弱さを隠せなかった。
 誰にも相談できず、苦しんでいる心の悲鳴を無理やりかき消して、夜の街に逃げ込んでは、生きたいともがいた。

 俺達なりに、この瞬間を真剣に生きていたんだ。
 ただ、間違いに気付かずに行き過ぎて、後戻りすら出来ずにいただけで。



 零時少し前、待ち合わせの時間より早く来すぎた俺は、話す相手も無く、ただ時間を持て余していた。
 今日の遊び資金のため、すれ違ったサラリーマン風の男性数人の財布から暴力的に奪い取った金を数えてみるが、一万円札が三枚と千円札が二枚程で、時間を埋めるには少なすぎた。
 若者の必須アイテム、携帯電話を開けては閉じ、開けては閉じ…

 カチカチ カチカチ カチ カチ
 パカパカ パカパカ パカ パカ

 繰り返しては見るものの、連絡をとる気にはなれない。
 格好悪いからだ。
 独りで待つことも出来ないなんて、思われたくない。
 独りでいる夜の街は、騒々しい喧騒の中でただ寂しく、重く、暗かった。
 パトカーのサイレンの音がすぐ近くで五月蝿く鳴っているが、それも日常的過ぎて、どこか遠くの世界のことのように感じる。


 カチカチ カチカチ カチ カチ
 パカパカ パカパカ パカ パカ


 カチカチ カチカチ カチ カチ
 パカパカ パカパカ パカ パカ


 カチカチ カチカチ カチ カチ
 パカパカ パカパカ パカ パカ


 零時ジャスト。
 誰一人として来ない。
 基本的にルーズな奴らではあるけれど、何の連絡も無しに遅れてくるような馬鹿は一人もいないはずだった。
 メールを問い合わせてみても、新着メールは零。
 ふと、待ち合わせを間違えたのかとメールを読み返してみたが、時間も場所も指定された通りだ。
 なら、何故だろう。
 誰か一人でも、連絡をくれればこんなに悩むことなんてないのに。
 だんだんと苛立ってきた。
 最近の若い子は切れやすいと評判だが、自分でもまさにそうだと実感した。
 もう、待つのは面倒だ。
 俺は帰ることにした。
 こんな風に苛立った状態では誰にも合いたくない。
 携帯電話をズボンの後ろに仕舞い込むと、俺はまだ五月蝿くサイレンが鳴り響く街を歩き出した。
 どこかの馬鹿犬がサイレンに合わせて遠吠えを上げる。
 俺一人が苛立ったところで、この風景は何一つ変わらなかった。




 翌日、新聞の片隅に昨日来なかった連中が逮捕されたと出ていたらしいが、新聞なんて読まない俺がそのことを知るのは、もっとずっと先の事になる。  



+end+
2007.04.15
















































06. 可愛いのは今のうちだけ。


−今が一番輝いてる そう思って何が悪いの?−


 愛してる
 愛してる
 I love you love me love you!

 乙女って恋する時が一番かわいくって、一番綺麗で、一番素敵っ!
 それが私の持論で、私の生き様!
 今日も私は口ずさむ、愛のメロディーをっ!
「いや、愛ってか、完全に自作だし?」
 たじろんで私を見る友達も完全目に入らないわ。
 いつだって大好きな人に向かって一直線!それが恋する乙女だものっ!
「いや、だから…今授業中だよ?」
「授業より大事なものがあるのっ!それは恋!LOVE!!」
 言って勢いよく立ち上がった私は、教科書を片手に額に青筋を浮かべた男性教師(58)とバッチリ間近で目が合った。
「いやん、そんなに見つめるとやけどしますよん?」
 頬に手を当てて言ってみたら、
「馬鹿者っ!」
 教科書で頭をはたかれた。
「お前は恋より授業をまともに受けなさい!このままだと単位はやれんぞっ!」
 もぅ、先生もわかってない。
「私は恋の方程式を解いてるんですぅー!」
 頬を膨らませて腰に手を当てていってみたけど、
「馬鹿者っ!」
 また教科書で頭をはたかれた。
 きっと先生は枯れてるのね。
 このドキドキは授業なんかじゃ押さえてられないの。
 休み時間のアイドル話や放課後のスイーツ巡りよりずっとずっとずぅーっと甘いんだもん!


 でも今は大人しくしといてあげるわ。
 だって、頭はたかれるのって結構痛いんだもん。




+end+
2007.05.24
















































07. 綺麗事だけ並べられても…ねぇ?


−忘れちゃいけない事は、何かに残すのが良い。−


 私は今、猛烈に怒っている。
 顔は笑ってはいるけれど、腹の内では怒りが爆発して暴れまくっている。
 それはこの私の目の前に馬鹿面をぶら下げて立っている集団…一般的区分としてはギャルに相当する集団のせいである。
 根も素も真面目な私としては、、まぁ…見た目で判断しちゃいけないと思うし心がけてもいる。それにそういう子達が一概に馬鹿で救いようも如何し様も無いとも言い切れないと言う事も知っている。
 けれど、この目の前にいる奴らは髪の毛を染めた時、黒髪と一緒に人間という常識を上から塗りつぶしてしまったみたいで、もう地球人とも呼べないぐらい人間じゃない生物に成り果てている。はっきり言って言葉が通じているのかも怪しいところである。
 とにかく、つまり、馬鹿なのだ。
 普段ならきっと気にしなかったと思う。私と彼女達とでは生きる世界も違うし、第一かかわりが無いから。関わりたくもないけれど。
 だけど、今日は関わってしまったからすごく困っている。困ったことになっている。何回も言っちゃうぞ。困った!
 朝、学校に登校してから今日という日をすごく楽しみにしていたというのに。むしろ前日の晩も少し眠れなかった。
 それなのに、登校してきた(それも集合時間ギリギリに)彼女達の一言によって、全て崩れてしまった。

「あれ?今日何かあったっけ?」

 私は一応クラスの委員長的存在で、根も素も真面目だからついつい

「今日は修学旅行ですよ。」

 と答えてしまったのがいけなかった。反省すべき点があるとすればここにしかない。
 それから話を聞くこと数秒。

「どうして持ってこなかったの?」

 私は驚愕してこのセリフを言うことになる。
 何故なら彼女達は…修学旅行の準備など何一つせず、何一つ持たずに登校してきたというのだから。そして極めつけの一言はこれだ。

「えー、聞いてないしぃ?」

 そんなわけないでしょう!
 学校出発であったから気付けたものの、そうでなければ誰も来ない教室で馬鹿みたいに待つことになる所だ。
 まぁ、馬鹿みたいというか…馬鹿なのだけど。
 こんな…いわゆる学校行事の中でも特に大きなイベントを忘れるなんて。
 人間の私には理解できない。理解の範疇を超えている?むしろ理解してはいけない!
 彼女達の頭の中にはきっと脳みそなんて入ってないんだ。代わりに大鋸屑とピーピー五月蝿い小鳥でも住んでるんだ。
 私は彼女達との会話を早々に切り上げると「先生に言ってくる」と言い残してこの場を離れることに成功した。
 教室から出て職員室へ行く途中、「何で自分達で言いに行かなかったんだろう?」ふと疑問がよぎった。
 なんで私に行かせたの?
 つまり…何。私はあの馬鹿な奴らに利用されたって事?
 自分達が忘れてたことをわざわざ言いに行って怒られるのが嫌だから?知らないフリして私に近づいて、お節介焼いて言いに行くように仕向ける為に??
 馬鹿の癖にそういう頭は回るのね。

 今日の私の怒りは、どうやら収まりそうもなさそうだ。
 あー苛々するっ!!



 後々判明したことだけど、彼女達は修学旅行に行かない組だったらしい。
 何故なら、両親がお金を払わなかったから。
 つまり、何。
 私は利用されてたんじゃなくて、からかわれてたって事?!!
 許さない。
 これは生きてきた中で最大の屈辱だ。
 この恨みはいつか晴らすからね!



+end+
2007.07.04
















































08. 苦しいことは苦しいと言えばいいと、誰か教えてくれれば良かったのに。


−結局、人って独りで生きている−


 温め直したご飯は、もう湯気を立ててはいない。
 さっき充電したばかりの携帯電話は、電池切れで何も映らない。
 食べかけたままの状態で止まった箸は、その隙間から米粒を落とすこともしない。そもそも何もつかんではいなかったのだから。
 結局、食べることは無いままそれらはゴミ箱へと捨てられることになった。
 勿体無いとは思ったが、拾ってまで食べようとは思わなかった。

 私はその光景を見て、何も思わなかった。

 私は異常なのだろうか?
 終わっているのだろうか?

 ふとそんなことを考えて、自虐的で笑えた。
 だから、何だというのだろう。
 勿体無いと思ったところで、それはもう拾っても食べられないのだから。
 斬り付けられた教科書と、ノートの山が同じゴミ箱に入っていた。
 私の事を『馬鹿』だとか『気持ち悪いんだよ』だとか『死ね』とか書かれていたけれど、捨ててしまえば湯気の立たなくなったご飯と一緒だ。
 勿体無いとは思っても、拾ってまで使おうとは思わない。
 そんな光景を見て、何も思わない。
 これがいじめであるだろう事は認識していても、いじめられているという現実が今一理解できない。
 『本当に私はいじめられているのか?』ではなく『本当は私はいじめられているのか?』と思う。
 靴を隠されたこともある。それらは結局見つかることは無いので、いつでも安い靴を買いだめしてある。
 水をかけられたこともある。でも、たかが水。乾けば洗濯したのと同じだ。
 傷をつけられたこともある。けれど死ぬような事は相手が恐れている限りありえない。
 そんな幼稚で安っぽいいじめなんて、「いじめる気があるの?」と逆に問いたい。
 それは私の神経が鈍いとかそんなんじゃなくて、足りないのだ。
 何かが決定的に。
 私をいじめるには。
 生まれてこの方いじめられる為だけに存在してきた私には、生ぬるい。
 そんな事は無視し続ければいつかは終わるからだ。永遠なんてありえない。いずれ飽きが来る。もしくは、無視し続けるだけの私を恐れて誰も近づかなくなるか…
 刺すような刺激が欲しいわけじゃない。
 いじめられたい訳じゃない。


 本当に何も感じない。
 ご飯と一緒で。
 涙が出るくらい、美味しくないのよ。




+end+
2007.10.12
















































09. 結局は他人事なら、放って置いてくれれば良い。


−どうせどうせどうせどうせ−


 疲れた。
 だから学校を休んだ。
 親は別に何も言わない。“駄目”だとも“休め”だとも言わない。
 だから、学校にも自分で電話をする。
 三回目のコールで隣のクラスの数学の先生が電話に出た。
 僕のクラスの担任はまだ来ていないと言う。
 適当に理由をでっち上げて“学校を休む”旨をとりあえず伝えてもらう事にして、電話を切った。
 終了した。
 これで、今日一日、僕は引き篭もりよろしく家の中でただ何もせずぼんやりと天井を眺めて過ごす事が出来る。
 いや、そんな事はしないけど。

 日常の中で、何かの歯車が狂うと稀にこう言った現象が起きる。何が原因なのかはそれこそわからないが、“無気力状態”のそれに近いと思う。
 突然、本当に何をするにも億劫でどうしようもなくなる。生きてさえいたくなくなる。

 そんな状態。

 無気力状態。

 けれど死ぬ気力も勿論無いので、一向に死ぬ様子が無いのが残念だ。
 いや、特に死にたい訳でもないのだけれど。

 別に世の中がそれ程嫌だと言う訳でもない。
 本当に学校に行きたくない理由がある訳でもない。
 けれど、この腕一本動かすだけで、フルマラソンを完走した後の様な疲労感がある。
 いや、フルマラソンなんて参加したこと無いけど。
 息が苦しい。
 眩暈がする。
 頭痛が痛い。
 症状は時間が経つほど酷くなり、けれども自然とどこかへ消えていく繰り返し。
 起き上がる事も面倒くさいので、勿論ご飯もトイレも出来やしない。
 けれど、それにも困らない。
 そんな欲求は最初から存在しないのだから。
 在ったとしても、その為に身体を動かすのが酷く面倒臭いだろうけれど。
 両親は勿論共働きだ。
 これには特に何の感慨も無い。どこにでもある普通の家庭の両親の姿だ。
 いや、普通の家庭はもっと破綻しているかもしれないが。
 だから、これには本当に何の不満も無い。
 せいぜいしっかり稼いで、大人になるまではお金の心配させないでくれれば良い。そんな感じで。
 ちなみに、僕が学校へ電話している間に“いってきます”も言わずに働きに出て行ったようだ。
 今やこの家は何の物音も無く、無人も同じ。
 いや、本当は僕がいるんだけれど、ほとんど動かない為にベテランの泥棒でないと察知出来ないのではないかと思う。
 いや、ベテランの泥棒ってどんなだ。

 カチカチカチカチカチカチカチカチ
 かちかちかちかちかちかちかちかち

 壁掛け時計と置時計が秒針の進み具合を競い合っているが、それ以外は静かな家だった。
 それが落ち着いた。

 “誰もいない”

 それこそが僕の望んでいる最高の環境なのかもしれない。
 この無気力状態はほとんどの場合こうした環境の中で解消される。
 じっとして過ごす事で鋭気を養っているのか、それともただ一日のんびりしたから回復したのか。
 いや、どちらでも無いのかもしれないが。
 家鳴りがギシギシなるそんな小さな音さえも無駄に聞こえる空間。
 これが癒しの空間の様に、今日も僕を包んでくれるのだった。

 けれど、夕方になるとこの空間は破壊される。
 そう、家族によって。
 帰ってきた母親は開口一番に僕の病状を聞きだそうと近づき、帰ってきた父親は開口一番に休みがちな僕の貧弱さを非難するのだ。
 ストレス社会と戦う現代少年 イコール 僕。
 数え飽きるぐらいズル休みしているにも関わらず何故母親はわからないのだろう?
 聞き飽きるぐらい愚痴を聞かせているにも関わらず何故父親は気付かないのだろう?
 僕は病気じゃない。
 僕は病弱じゃない。
 僕は心配していらない。
 僕は放っておいてほしい。
 僕は独りが好きだ。
 僕は静寂を好む。
 僕は父親じゃない。
 僕は母親じゃない。
 僕は他の誰かじゃない。
 僕は僕だ。
 僕は僕しかいない。
 僕はだから特に心配してほしくない。
 僕は本当に放っておいて欲しいだけなんだ。
 それなのに、何故解らない?何故気付かない?
 そんな心配事や愚痴なんて、ただの社交辞令だろ?
 とりあえず心配してるフリ。とりあえず怒ってるフリ。
 そうやってとりあえず子供である僕に「お前のことを見捨ててないぞ」「ちゃんと見守ってるぞ」ってアピールしているつもりなんだろうけど、まったく持って無駄の徒労。
 子供は誰でも見抜いてるんだ。
 それはただとりあえずそうしてるだけで、別段関わりたくて、興味があって、気になって、心配で、放って置けなくてそうしてるんじゃない。
 格好だけの、見せ掛けだけの、ただの型にはまった良い親を演じて満足しているだけにすぎないんだから。
 いや、中には本当に本気でそうしてくれてる親もいるかもしれないけれど。
 けれどほとんどの親は、見せ掛けだ。
 子供のことなんて自分ほど気にしてない。
 興味ない。いらない存在なんだ。
 本当は産みたくもなかったんだろう。
 けれど、行為があれば結果が来るで、濁して言えば“出来ちゃった”なんて軽いノリの産物が僕らだ。
 そんな軽い産物に、気を裂くものか。
 自分たちを着飾って、精一杯良い人間に見せようとするのに精一杯の親が、子供にまで手が回るものか。
 病気でも自分で電話を掛けて休む子供を本気で心配なんかするものか。
 せいぜい“しっかりした子に育って楽が出来る”程度にしか思っていないんだろうから。
 それだったら、本当に解ってる。
 僕らは全員解ってる。
 だからもう、これ以上この静寂を壊さないで。
 いや、これ以上も以下も無い。
 僕の世界を壊さないでください。
 壊さないでいてくれたら、貴方たちを僕の両親だと認めますので。

 お願いします。
 お願いします。
 お願いします。




+end+
2007.12.15
















































10. こんな現実より、大切な世界があるの。


−私の世界で咲き乱れなさい−


 暴飲暴食だなんて…私の前では無意味な戯言以下。単語以下。人間の話す言葉では無いもの同然の扱いですわ。
 私の前では誰だって礼儀作法のマナーを放棄し、概念や法律やらの柵から逸脱する。
 だからこその私。
 この世界では私をKingと呼んで下さって構いませんのよ?
 そう、この電子的で電脳的なインターネットの世界では。

 明るく反射するディスプレイに映し出される文字の羅列に順序は無い。誰かの問いに誰かが問いを返し、答えを偽り、恐怖し、怒号し、恋美し、文字を綴る。それがこの世界の秩序。唯一の秩序と言ってもいいかもしれない。それも絶対なる秩序とは言えませんが。
 私はその世界で…世界を展開している一人。
 「残虐なる裏表 キング・オブ・リバース。 掟姫」を名乗っております。
 勿論この世界での名は自由。肩書きも自由。
 誰が決めたもありません。
 自分で決める以外は無いのですから。


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sururi:って言うか、絶対あの社長が犯人だと思ったんだぴょん。
柚子:俺も。>sururi
K-Love:うん、俺も。>sururi
K-Love:姫は?>姫
掟姫:簡単に私の名を呼ばないで下さい。気軽に呼ばれるような筋合いはありません。そんな俗世の事件に関して私は一陣たりとも関与していませんので。>K-Love
K-Love:それは失礼しました。でも聞きに及んではいるんでしょ?>姫
sururi:あはは、姫らしぃ!!姫ったら辛らっ!辛っ!!
柚子:辛っ?>sururi
掟姫:聞きに及ぶ?それは私が盲目と言う意味ですか?私が及ぶのは見るの及ぶ。正にそれですね。答えはyes.ですが。>K-Love
sururi:しんらつって事だぴょん>柚子
sururi:姫様の辛さにみんなしびれちゃうんだよねん。
掟姫:ふん、勝手に私に惚れてなさい。>sururi
柚子:なるほど、しんらつ…か。サンキュ>sururi
K-Love:あぁ、これは失言でした。で、姫の見解は?>姫
sururi:あははははは!!姫大好きっ!>姫
sururi:柚子は姫様初?>柚子

【かんろさんが入室されました】

かんろ:ちはー、お久でぇすvv(人*′ω`)★>ALL
掟姫:私の見解はアリマセン。既に洗い出された人物が犯人です。>K-Love
sururi:ひさびさっぴー>かんろ
掟姫:私の前に口を挟むなんて、大した根性ですね?後、私の前では顔文字は封印ですよ。>かんろ
K-Love:ひさー>かんろ
柚子:存在は勿論知ってたけどな。うん、会うのは初。>sururi
柚子:おひさしです。二度目?かな…>かんろ
かんろ:いやぁん、姫姫姫っ!ごめんねぇ?>姫
K-Love:かんろー空気読め?(笑)ドンマイ>かんろ
かんろ:KYですかー?私。ほんとっすんません。>姫・K-Love
掟姫:気にも留めませんがね。>かんろ
かんろ:気にしてよぉ。>姫
かんろ:何の話してたのぉ?>ALL
sururi:三日前に逮捕された連続殺人犯の話だみょー。>かんろ
sururi:初姫だとちょと引いちゃってたりり??>柚子
かんろ:あぁ、あれはまさか社長だったなんてねぇー。>ALL
掟姫:理由と辻褄はありますがね。
柚子:いや、引くっつーか…興味もちまいた。>sururi
柚子:持ちました。>sururi
かんろ:でも殺しはNGっしょ?>姫
sururi:まじでっ!これで柚子っちも立派な姫ラヴァァにょりっ!!
かんろ:また一人姫の従僕が出来ちゃったかな???w
柚子:あはははは
掟姫:私そんな事はどうでもいいですよ。どうでもね。
K-Love:またまたぁ。つれませんね、姫。>姫
掟姫:本当にどうでもいいですよ、誰が私に惚れようと。誰がどうなろうとね。けれど私の前では誰の死も許さない。三回死んでも生き返りなさい。私が死んでも私以外の人間の死を許しません。生きなさい。生きて生きて生きなさい。そして安心しなさい。私は決して死にません。
K-Love:姫。
sururi:ラビラビー!
かんろ:惚れ直すっ!
柚子:かっけっ!
掟姫:ほんとうにくだらない。くだらないついでに今日は此処でお開きです。全員退出なさい。
K-Love:強制退出ですか?どうせすぐにまた貴方の元へ参りますよ。
かんろ:りょーかいっでっす。じゃぁ、姫様、またねっ★
柚子:じゃ、俺も逝きます。
sururi:うにょろー。姫様はいつも勝手に終わらせちゃうんだからぁ。でもそんな姫様がす・き★
掟姫:御託は要りません、逝きなさい。

【K-Loveさんが退出しました。】
【sururiさんが退出しました。】
【柚子さんが退出しました。】
【かんろさんが退出しました。】




------------------------------------------------------------


 疲れた目を休めて、会話の終わった画面を見つめる。
 今日の一仕事を終えたかのような感覚。
 他愛の無い会話。馬鹿騒ぎの連続。向こう見ずな意見。繋がらない文脈と流れていく話題。自分勝手で最低で、最高すぎて笑えてくる。
 私の世界。
 このキングダムには、全てがある。
 誰が現実になんか、戻るものですか。




+end+
2007.11.23
















































11. さりげない日常への恐怖。


−傲慢な生き物でごめんなさい。−


 捕らわれたチャイムという時間の枠。
 決して自由ではない学生という職業。
 けれど放たれたままの無法地帯。

 私たちの世界は、そんな場所でした。

 何の目標も無い未来に向かって、テスト前の一週間だけ一夜漬けを頑張る。
 授業中は居眠りかおしゃべりか落書き。
 たまに漫画を読んで、先生に怒られる。
 先生だって真剣に私たちの将来を考えてくれてるわけじゃない。
 怒らないと示しがつかないから。
 テストの平均点を下げられては困るから。
 とりあえず聞くだけ聞け、黒板写すだけ写せ。露骨にそう言う先生もいる。
 休み時間はとりあえずおしゃべりと教室移動。
 放課後は部活よりファーストフードを食べながらおしゃべり。
 楽しいけれど、その楽しさは偽り。
 夕日が沈むのと同時に、夜の暗い闇がやってくる。

ドサッ

 ベッドに放り投げたカバン。
 沢山んつけているマスコットが間に挟まれて潰される。
 けれど気にしない。
 つけたくてつけてるわけじゃないから。
 “みんなとおそろい”
 口癖みたいに言い合って、同じ髪型、おそろいのマスコット、色違いの携帯・待ち受け画面。
 馬鹿みたい。
 だけど…はみ出されたくない。
 見たくも無いドラマ。
 面白くないストーリーに下手な役者揃い。
 けれど明日の休み時間の話題はきっとこれ。
 “おもしろいね”って誰かが言えば、それはみんなが面白いものになる。

 本当につまらない。

 だけど、必死にテレビにかじりつく。

「今良いトコなのっ!」

 チャンネルを変えようとする父親に一喝。
 だけど本当は変えたって良い。
 良いトコなんてワカラナイ。

 寝る前に考える事。
 それはこの無駄な毎日を終わらせたい願い。
 明日の朝日を見ることへの恐怖。
 嫌だなぁ。
 学校での偽り。
 先生にゴマすって、友達に愛想笑い。
 嫌いなわけじゃないのに、そんなことでしか保てない友情。
 みんな同じなのかな?
 だったら、何で誰も“嫌だ”って言えないんだろう?
 不思議。
 
 この世の中は不思議。
 井の中の蛙が大海を夢見るみたい。
 広すぎてわからない事だらけ。
 きっと本当の空の空の青さも私たちにはわからない。

 いつの間にか眠りにつく今日。
 いつの間にはたどり着く明日。
 いつまでも続く人生の毎日。

 いやだなぁ。
 いやだなぁ。
 いやだなぁ。
  



+end+
2008.03.06
















































12. 幸せの息遣いが聞こえる?


−隣り合わせ ただそれだけ−


 待ち合わせの時間にわずか一分遅れて到着しただけなのに、それでも三歩先を歩く彼は態度を改めない。
 怒ったまま、私を置いて行く。
 付き合って一月が経つ。
 けれどまだ彼の事がわからないでいる。
 本当だったら嫌がる彼の腕を組んで、心を弾ませながら歩くはずたった道も、今では灰色の泥の中の様。
 沈黙が重苦しい。
 俯いて、彼の足元だけ見つめてただトボトボとついていく私。
 振り返らずに、ただ前を見て進んでいく彼。
 涙が出そうになったが、けれどぐっと我慢する。
 泣いて彼を困らせるような女にはなりたくないからだ。

 私はとてもかわいくない女だと自分で思う。
 泣きたいときに笑って、笑いたいときに笑わない。
 怒りたいときもあいまいに濁して、甘えたい事も億尾にも出さない。
 嬉しいという事をストレートに伝えるには、私はもう遅すぎた。
 伝えるすべを持たないまま生き過ぎてしまったのだ。
 そんな私でも彼は選んでくれた。
 それを本当に嬉しく思ったのに、今日のこの態度を見ると彼のその告白は本当は無かったんじゃないかと思ってしまう。
 彼の寂しいときにたまたま居合わせた女が私だけで、彼は私を選ぶしか仕方なかったのではないかと。
 けれど、このもやもやした思いも彼にぶつけることは出来ない。
 苦しさと一緒に心の中に積み重ねて押し込むことにする。
 
 どうして自分はこうなんだろうと思う。
 自信が無いことも、誰にも頼れずに失敗してしまう。
 その癖、周りの反応が気になる。
 気になって何も手につかず、会話に聞き耳を立ててしまっている。
 目がそっちへ行く。
 誰もが私を指差して笑っているように思うのだ。

 “出来損ナイガクルヨ 関ワリタクナイワ”

 でも今はそんな人たちに指を指されるより心が痛い。
 こんなに苦しいなら、いっそ死んでしまいたいぐらいに。
 
 信号が赤になって、彼は止まった。
 私の足も自然と止まる。
 彼から三歩の間を取って。
「はぁ。」
 彼から重苦しいため息が聞こえた。
 反射的にかまえてしまう。怒られるだろうか。何を言われるのだろうか。
 けれど信号はさっさとまた青に変わって、彼はまた歩き出してしまった。
(どうしよう。)
 私は迷った。
 彼のため息を聞いて、心が凍り付いてしまったみたいにギュッと縮んでしまっている。
 これ以上彼の後ろをついて歩いたら、本当に死んでしまうかもしれない。
 それに想った。
 私がここで立ち止まったら、彼は振り返ってくれるだろうか?と。
 それなら、すこしだけ私にも希望があるんじゃないかと。
 私はゆっくりと顔を上げた。
 期待に弾む鼓動を、「でもきっとムリだ。」と押し殺しながら。
 そして、
 見上げた先に彼の姿は無かった。
 信号はまた赤に変わって、目の前を車が数台走り抜けていったが、どんなに目を凝らしても彼の姿だけは見えなかった。

 置いていかれてしまった。
 見捨てられた。

 呆然とした気持ちがこみ上げてきて、さっきまで微かに弾んでいた希望はあっけなくしぼんでどこかへ行ってしまった。
 付き合って一月。
 彼を見てきた。彼の事はまだ本当にわかっていないけれど、こんな風に置いていかれるなんて…私はまったく考えもしなかった。
 彼は振り返ってくれるとばかり想っていた。
 
 また信号が青に変わった。
 私の後ろから先を急ぐ人たちがどんどん横断歩道を渡っていく。
 そんな人たちを見送りながら、渡っておけばよかったと思った。
 そんな意地を張らずに、さっきの信号を渡っておけば…置いていかれずには済んだのに。
 気付くと私は泣いていた。
 自分でも涙が流れていたことにびっくりした。
 すると体中から急に力が抜けて、私の身体は重力に逆らえずに地面へと倒れこんだ。
 目の前が真っ暗になるって漫画だけの話だと思ってた。
 倒れながら、私は何故かそんなことを考えた。
 そして、私は地面に倒れ込んだ。
 
 痛…くはなかった。

「おいっ!」
 変わりに彼の声が聞こえてきて、急に重力の世界へ引き戻された。
 彼が私の手を掴み、抱き寄せ驚いた顔をしていたのだ。
 私は地面への衝突を免れ、居なくなったはずの彼を不思議なものを見る目で見ていた。
 何故?
「びっくりさせんなよ!お前が鬱陶しいぐらい俯いて歩くから驚かしてやろうと思っただけだって!信号が変わる前にお前の後ろに回ったんだよ!そしたらお前信号変わっても動かないしよ…いきなり倒れるしで…なぁ、もしかして泣いてんの?ちょ、え、あー、別に俺怒ってねぇかなら??遅刻とか…別に…あーからかっただけなんだって!お前がすげぇ悪そうに謝るからさぁ…。たった一分だぜ?そこまでしなくてもって思ってよ。本当はすぐに「冗談だってー」って笑って終わり。って思ってたんだよ。だけどさ、なんか言い出すタイミングっつーか…切っ掛けっつーかが無くってさ…。……ごめん。泣かすつもりとか本当に…なかったんだ。」
「わっ私…置いていかれたと思った…。捨てられたんだって。私可愛くないから。見た目もだけど、性格…中身も。だからどうしようどうしようって思って。でも先に歩いて行っちゃうでしょ?だからもう怒らせちゃったかもって。嫌われたって。そう思ったらあっ足が動かなくって。でも居なくなっちゃってたから、本当に駄目になっちゃったって思ったらもう力が入んなくなっちゃって…それでね、それで…ごめんね…。」
 彼のばつの悪そうな顔。
 支えてくれる優しい手と温もり。力強さ。
 声。
 精一杯の謝罪。
 ひとつひとつ、氷が解けていくのを私は感じていた。
 それと同時に私の中から今まで言葉に出来なかった想いが沢山溢れてきて、結局私たちはそのまま信号の前で抱き合う形のまましばらくは動けなかった。
「謝らせて、ごめん。」
「言えなくて、ごめんね。」
「泣かせてごめん。」
「泣いちゃってごめんね。」
「置いて行ってごめん。」
「勘違いしてごめんね。」
「気付かなくてごめん。」
「私も気付かなくてごめんね。冗談だって。」
「それは…まぁ…ごめん。俺も切っ掛けとかタイミングとか無視しとけばさ…」
「でもごめんね。」
「俺も、ごめん。」
 ずっと何度もごめんごめんと繰り返していくうちに、そのうちなんだか可笑しくなってきて私たちはクスクスと笑った。
 笑って、笑って、笑い終わって、もう一度私たちはお互いに「ごめん。」と額をあわせた。

 付き合って一月。
 彼の事はまだやっぱりわからない。
 けれど、この時の私は彼の事を素直に好きだと感じていた。
 ずっとずっと離れていた心が一つに繋がった瞬間。
 全ての氷は解け、暖かい幸せが私の心をいっぱいに満たしていた。

 次の青信号で私たちは横断歩道をようやく渡った。
 もう三歩離れてはいず、手をつないで横に並んで歩けていた。
 その時見上げた空は、綺麗な青だった。




+end+
2008.03.07
















































13. 吸い尽くした空気の行方


−ねぇ、なんで生きてるの?−


 私はずっと不思議だった。
 人間っていう生き物が。
 私も人間の一人だけれど、それも不思議だった。
 だって、人間だけが自分達が地球上で一番偉いと思っていて、地球や他の惑星でさえもお金や権力で我が物にしている。
 そんな事、何の意味も無いのに。
 地震や火事や交通事故や殺人や寿命でいつかは滅びてしまうのに、そんなものもってたって何の役にもたたない。月のクレーターが病気を治してくれるわけじゃないもの。
 お金が人殺しから守ってくれるわけじゃないもの。
 地位が地震を止めてくれるわけじゃないもの。
 他の生き物は自分達がいずれ死んでそして新たしい命へ繋がっていく事を知っているのに、人間はどうしてそれを忘れたフリをしているんだろう?
 その日一日生きる為に、必要な事は本当に少ししかないのに。
 人間が豊かだと思うにつれて、人間は生き物で無くなってきてる。
 その豊かさに一体何の意味があるというのだろう?
 生きるサイクルを狂わせてまで生きる、この運命に何の意味があるのだろう?
 私の周りを見渡せば、携帯電話・パソコン・エアコン・電気・本・おもちゃ・ぬいぐるみ・文房具なんでも揃ってる。欲を言えばもっと欲しい。
 けれど私はこの欲が人間をおかしくしている事を知ってる。
 この欲さえなければ、生きるサイクルから外れずに済んだ事を理解してる。
 なのに何故人間はその欲を抑えられないんだろう。

 不思議。
 本当に不思議。

「お母さん、なんでみんなほしがるの?」
「だって、便利じゃない。」
「ふーん。べんりなんだ…」
  



+end+
2008.03.24
















































14. 世知辛い世の中と嘆く前に、そんな自分を自覚するべきである。


−死んじゃえばいいのは、私こそ。−


 教室という閉ざされた空間は息苦しい。
 それは、私という生き物がそうさせるのか、それ以外の他人という生き物がそうさせるのか…解らない。
 けれど、どうしようもなく居場所が無いようなそんな気がする場所。
 話しかけられれば会話し、そうでなければ沈黙し。
 そんな毎日。
 不登校になろうとは思わない。
 学校へ行く事が義務になっているから。
 私の脳内コンピューターに、それらはプログラムされている。

 【朝 起きる】
 【平日 学校へ行く】
 【休日 好きな事をする】
 【夜 眠る】

 簡単な基礎プログラム。
 それに支配されている私は、そもそも外れた行動なんてするはずが無いのだ。
 つまり、度胸がないのだ。
 授業中、つまらない。けれど必死にノートを書いている。隣を見れば漫画を読んだり、寝ていたり、何て自由なんだろう。
 この人たちの頭の中にはきっと蟲が住んでるんだ。
 その蟲が人間としてのプログラムを食べつくしてる。
 だから、プログラム通りに動く事が出来ないんだ。
 それが羨ましい。
 勿論、そんな人たちばかりじゃない。むしろ、そんな自由な人は全体の20%にも満たない。80%程の人はみんな、私と同じようにプログラム通りに授業を受けている。
 必死にノートに書き込みながら。
 ムダだなぁ。
 心がそう言う。
 今、私がこうやって必死になっている事に、何の意味があるというのだろう?大人は誰も教えてくれない。
 それは本当は意味なんて無いからなんだろうか?それとも、誰もその意味を知らないからなんだろうか?でも、知らないなら無いと同じじゃないか。
 
 チャイムと同時に授業は終わる。
 プログラム通りだ。
 みんな頭の中のコンピューターにプログラムされた予定通りに動いている。
 その流れに沿って私も移動する。
 次は少し遠い教室へ移動しなくてはならない。
 必要な道具を持って、私は席を立つ。
 私のコンピューターはそんな時警告を鳴らした。
「あっ。」
 誰かが私にぶつかったのだ。
 そんな事は自由な人間にしか出来ない。
 私は何とか踏みとどまったが、衝撃で手に持った教科書やら何やらが私の代わりに地面に投げ出された。
「おぉ、わりぃ。」
 ぶつかった相手はそう言って、
「大丈夫です。」
 私はプログラムに沿って相手を傷つけないように答えた。
「そっか?ほんと、ごめんなっ。」
「大丈夫です。びっくりしただけですから。」
「そうか?ならよかった。」
 本当は全然大丈夫じゃない。私の教科書はまだ地面に投げ出されたままだし、その他の物だって落ちた衝撃であっちこっちに飛び散っている。しかし相手は私が無事なのを確認すると、別の自由な人たちと一緒に教室を出て行ってしまった。
 拾えよ。
 とは私は言わない。
 私のプログラムにはそんな非人道的な言葉は載っていないからだ。
 私はひとりしゃがんでそれらを集める。
 誰も手伝わない。
 何故ならプログラムに沿って、少し遠い教室へ遅刻しないように移動したからだ。
 自由な人たちはプログラムに縛られたりはしないけれど、それでも学校という社会には縛られている。
 授業に遅刻する事だけは出来る限り避けているのだ。遅刻しないかサボるか。その二者択一だけれど。
 私を振り返る人なんていない。
「ムダだなぁ。」
 私の口から蟲が出た。
「何やってるんだろう…。」
 私の口から蟲が出た。
「なんか…虚しい。」
 次から次へと蟲が出た。
 どうしたんだろう。私のコンピューターは故障してしまったのだろうか?
 涙が溢れて止まらない。
 こんな小さな事故すら処理できないのだろうか?

 エラーだ。
 容量が足りない。
 私じゃ 出来ない。
 
 何で誰も助けてくれないの??

 小さな蟲は私のプログラムを食い尽くしていく。
 私が壊れてしまう。
 私の人格が。
 私の性格が。
 私の人生が。
 私の行動が。
 私の日常が。
 私の
 私の
 私の

 私の心がっ!

「食べられちゃった。」

 私の心は空っぽだった。
 けれどこんなに軽い気持ちは初めてだ。
 私はとても爽快な気分になって、こんな事を思ってしまった。

「そうだ、授業をサボってみよう。」

 どうせ今から行っても間に合わないんだから。
 ちょうど授業開始を知らせるチャイムが鳴って、私は席に着いた。


 誰も居ない教室で、
 一人、
 席に着いた。

 なんだかとても、嬉しかった。   



+end+
2008.04.05
















































15. 率先して考えるべきは、損得である。


−A to B or X−


 学生生活で一番重要視されるのは、勿論授業では無い。
 俺たち学生にとって、アルバイトこそが最も重要であり、クラブ活動に勤しむぐらいならバイトとばかりに、クラスの大半近くは校則を破って荒稼ぎしている。
 最も、学生を雇ってくれるアルバイトはは少なく、自給もまたあまりよろしくは無いのだが。
 それでも、一円でも多く、一万円でも多く稼ぐ事が当面の目標となっている。
 しかし、授業で疲れた身体をバイトで酷使し続けると、いい加減働く事自体が面倒くさくなってくるのも確かで…
 俺は授業中何度目になるかわからない大あくびをしながら、うつらうつらノートを取り続けていた。
 楽して金が手に入るなら、そうしたい。
 そう思っているのは俺だけではないはずだ。
 どんなに頑張っても一月の給料はたかがしれてる。
 あんなに重労働を課せられて、それでこの金額とは…やる気もなくなるってものだ。
 けれど、稼がなければ遊びに行く資金も無い。
 俺たちから遊びを奪ってしまったら、世界が崩壊しかねない。
 遊ぶ為には、金だ。
 とにかく金が必要だ。
 その為には、バイトでもなんでもしなければならない。
 何度も繰り返してきた思考で俺は自分を慰め、何とか授業を乗り切った。
 六時限目。最後の授業を。
 つまり、今から、バイトだ。

「なぁ、今からカラオケ行くんだけど、お前もいかね?」
「いや、今日バイトなんだ。」
  



+end+
2008.05.27
















































16. 耐えられない事は無いが、それは耐えているだけなんです。


−確認する事を再確認して、認識する。−


 午前中に発表されたニュースの天気予報は雨30%だった。
 これは百回中三十回は雨という意味の予報となるわけで、では傘を持って出た方が賢明なのか、あるいは持たずに出たほうが賢明なのか、判断に迷う数字だった。
 しかし、あらゆる危険を回避する為、僕は折り畳み傘という手段を選んだ。
 折り畳み傘は、強風に煽られると継ぎ目の部分から折れ、傘の意味を果たさなくなってしまう程強度の弱い傘の事だが…そして人一人が入ってそれでも濡れる可能性のある小さな傘の事だが、それでも30%程度の確率なら使う機会も少ないだろうと、それを選ぶ事にした。
 ただ、どうしようもなくその日の運が悪く、土砂降りの強風に見舞われた場合も考えずにはいられない。
 それを思うとちゃんとした傘(折り畳みではない傘の事だが)を持っていった方が良いのかもしれないとも思う。
 玄関先で悩む事五分。
 結局僕はどちらの可能性も否定しきれず、手には普通の傘を、鞄の中には折り畳み傘を持って出掛ける事に決めた。
 出掛けると言っても遊びに行くわけではない。
 学校に出掛けるのだ。
 この日曜日に。
 この言い方では嫌味に聞こえるかもしれないが、日曜日のプランを全て潰された状況では多少嫌味も交じるだろう。
 今日は僕の参加するクラブ活動において発生した事故の後始末をしに行くのだから。
 これはクラブ員全員が参加するのではない。
 部長と副部長である僕、そして事故を起こした後輩数名での参加だ。
 責任ある立場だから仕方ないとはいえ、日曜日にわざわざ学校へ向かうというのは、よほどの学校好きでは無い限り喜ばしい事態では無い。
 それも楽しい事の為に赴くのでは無いのだからなお更だ。
 重い気持ちを引きずって、僕は学校への道を急ぐ。
 別段急がなければならないと言う訳ではないが、それでも副部長としてなるべく早く集合場所には着いておきたいと思ったからだ。
 後輩を先に待たせておこうなどと言う考えは無い。
 本当に反省しているなら嫌でも早く来るはずだし、特に何も思っていないのなら集合時間ギリギリか、あるいは遅れてくるだろうから。
 その辺りは個人の自覚の問題である。
 僕がどうこう指示するべきものでは無いだろう。
 ちなみに部長はいつも五分は遅刻する。
 彼に責任が無いわけではなく、あまり早く着すぎても始まるまでの楽しい談笑に水を差すだろうと思っての思いやりの行動だ。
 僕が先に到着している分、不要な優しさだとは思うが、その気遣いを無碍にするほど僕の性格は悪くない。
 むしろ、微笑ましくも思う。
 それだけ部員の事を考えている人間が他にいるだろうか?
 いないだろう。
 僕でさえ、ただ絵を描ければそれで良いと思っているぐらいだ。
 そう、僕達のクラブは美術部だ。
 絵を描く事がクラブ活動だ。
 だが、あまり熱心ではない一部の後輩が作業中にふざけ、積んであったペンキの缶をものの見事にひっくり返し、缶の蓋が開いたペンキが流れ混ざり、大惨事を巻き起こしたのが今回の事件である。
 後始末とは即ち、ペンキのふき取り掃除の事だ。
 ペンキはただ拭いても落ちにくいので、特別な洗剤のようなものを発注していただいた。
 責任を取って部費からの痛い出費である。
 そしてそれが届くのが今日。
 もう学校に届いているだろう。
 そして、その為に休みを返上で部室掃除に行くのである。
 しかし、休み中で助かったともいえる。
 部室は美術室。勿論授業でも使用される。
 大幅にペンキの散乱しているあの教室では臭いだけで気分の悪くなる者も出てくるだろう。
 そうなれば一部の部費を提供するだけでは済まなくなったかもしれない。
 だとしたら、ペンキふき取り用の洗剤代だけで安く上がったと言えるだろう。
 後は、今日中に何が何でも終わらせる事だ。
 終わらせる事が出来たなら、金曜日の夕方の事件から日曜日のスピード解決とも言えるだろう。
 僕はそんな事と今日の掃除の順序を考えながら急ぎ足で雲行きの怪しくなってきた道のりを進んだ。
 もしかすると、今日は30%が当たる日なのかもしれない。
 心持ち、普段よりも急ぎすぎていたのだろう。
 学校へ到着したのは、自己予定時間よりも五分も早かった。
 遅刻するよりは良い。
 靴を履き替えると、僕は迷うことなく美術室へ向かった。
 集合時間には未だ余裕がある。
 余裕を持って家を出て、さらに余裕を生んでしまったのだから、後輩が一人ぐらい来ていなくても仕方が無いかもしれない。
 美術室に到着すると、既に鍵は開いていて、事件を起こした後輩の一人が所在無さげに立っていた。
「やぁ、おはよう。」
 僕はなるべく緊張感を与えないように、その子に話しかけた。
「あ、おはよう…ございます。先輩。」
 足跡で誰かが美術室へ来るだろう事は予測がついていただろうが、けれどその子は声をかけられて初めて人の存在に気付いたと言う様に、驚いた反応を返してきた。
 僕はそれについては何も思考しない。
 演技かもしれないが、そうでない可能性も否定できないからだ。
 否定できない場合は、両方を肯定した方が良い。
 そしてそれを選んだなら、もう何も言うべきではないだろう。正しい答えが出るまでは。
「早いね、他の人は?」
「まだ…だと思います。私が来た時は鍵が閉まっていたので。」
「じゃ、君が鍵を?」
「は、はい。」
「ふーん、ありがとね。じゃ、まだ早いけど片づけをやり始めようか?早く終わらせて帰りたいしね。」
「す、すみません。」
「何が?」
「私達のせいで…せっかくの日曜日に…。」
「いいよ、“せっかく”って言うほどの予定は無いから。」
 僕はなるべく笑顔で人の良さそうに柔らかい口調を選んで回答する。
 思っても無い事と事実を織り交ぜながら。
 僕より先に来たという事はそれなりに誠意があると言う事でもあるだろう。今の会話が形だけだとしても、それだけでまぁ及第点をあげても良い。
 後三人来る予定だが、彼らは清掃時の活動を見て考えるとしよう。
「じゃぁ、君は掃除用具室からバケツとぞうきんを人数分借りてきてくれる?僕は職員室に洗剤を取りに行ってくるから。」
「はい!」
 返事をしたかと思うと、その子は勢い良く美術室を飛び出して行った。
 そんなに急がなくても良かったのだが。
 そう思いながら後を追うように僕も美術室を出て行く。
 鍵を掛けて行ったほうが良いだろうか?
 そう思ったが、誰もいない日曜日の何も無い美術室だ。
 何かが起こることは無いだろうと判断して、僕は鍵を開けたまま職員室へ向かう事にした。
 職員室には美術部の顧問がダルそうに煙草を吸いながら待機していた。
「おはようございます、先生。」
「よぉ、副部長。」
「洗剤を取りに来ました。」
「あれ?部長に合わなかったのか?」
「いえ、もう来ているんですか?」
「今さっき洗剤持って部室に行ったぞ?」
「では入れ違いですね。部長がこんなに早く来るなんて珍しい。」
「今日は雨だな。」
「天気予報もたまには当たりそうですね。」
「はは、まったくだ。俺は傘なんて持ってねーけどな。」
「もし土砂降りになったら貸しますよ。二本持っているので。」
「助かるわ。俺電車通勤だからさ。」
「それでは、作業が終わったらまた来ます。」
「俺行かなくていいか?」
「大丈夫ですよ、単なる片付け作業ですので。もし暇でしたら覗きに来て下さって構いませんが?」
「嫌だよ、面倒くさい。ま、頑張れ。」
「はい、失礼します。」
「おう。」
 職員室を出ると、渦中の人物だった部長が洗剤を抱えて待っていた。
「あれ?」
「よっす。副部長。お前が見えたから隠れてたんだよ、気付くかなって思ってさ。気付かなかったから待ってた。」
 笑いながらそう言われた。
 彼にはそういう子供っぽい所が多々ある。
 一々気にしていたら、彼とは友達にさえなれないだろう。
「おはよう、部長。洗剤持ち代わろうか?」
「いいよ、俺そんなひ弱じゃねーし。」
「知ってる。冗談。一人来てるよ。」
「一人だけ?やる気ねーな。」
 なははは。と部長が笑いながら言う。
「豪快に笑って言う台詞じゃないけどね。でもまぁ、少ないかな。次美術室に居なかったら小言の一つでも言ってあげれば言いんじゃない?」
「いやー、そういうのは苦手だ。」
「知ってる。」
「だろうな。」
 未だ来ていない後輩に猶予を与える為、なるべくゆっくりと美術室に向かう僕達。
 僕達はただの部長・副部長の間柄だ。幼馴染のように何でも知っている様な気がするが、それでもそれはこの美術部での一面だけにしか過ぎないだろうと思っている。
 けれど美術部という一面でしか付き合いが無い為、さほど問題にはなっていない。
 お互いに絵が好きで、描き続けているだけの間柄だ。
 それでも入学当初から一緒に居るせいか、会話は多い。
「そういや、副部長的今日のプランは?」
「まず、洗剤でペンキを浮かせ、ふき取る作業を繰り返し行う。雨が心配だが出来る限り窓を開けて行ったほうが良いと思う。じゃなきゃペンキと洗剤と両方の臭いで僕達が麻痺してしまうだろうからね。」
「そりゃ大変だ。」
「次にもうこれ以上無いほどペンキが拭えたら、床を全面的に清掃する。これは床を汚した罪滅ぼしみたいなものだ。後は時間的余裕を見て、机や椅子、画材なども手がけて行きたいが…正直今回の事件とは全く関係の無い範囲になる。後輩達は“何故そこまでしなければならないのか”と思うだろう。僕としてはこれくらいやって当然と言った感じなんだけど。」
「そうだな、絶対思うだろうな。むしろペンキ取れたんだからそれでいいじゃん。みたいな感じで。でも、俺もそれぐらいやって当然だとは思うけどな。時間見て考えるか。」
「そうしよう。」
 さて、一体何人に増えているだろう。
 美術室までの道のりは遠くない。
 会話をしながらゆっくりと進んだとはいえ、掃除用具を頼んだ後輩はもう戻ってきているだろう。
 全員揃っているのが望ましいが…期待できないだろうな。
 僕らはそう思って美術室を覗き込んだ。
「あ、先輩!バケツが三つしか無くて…あ!ぶ、部長!おはようございます!!」
 案の定、掃除用具室から戻ってきていた後輩は僕を見るなりそう話掛け、部長を見つけるなりあたふたと挨拶を切り出した。
「よっす、一番乗りだって?ご苦労ご苦労。他のみんなは?」
「えと、一人来たんですけど、今バケツが他の場所に無いか探しに行ってくれてます。」
「じゃ、まだ一人来てないんだね?」
 既に集合時間は過ぎていた。その子は僕の質問に顔を伏せて
「はい。」
 と小さくなって答えた。
「まぁ、仕方ないかー。とりあえずバケツは今ある数で始めようぜ。バケツ探しに行ってくれた子には悪いけど。」
 部長はそんな空気を蹴り飛ばす様に言う。
 僕らの役割分担だ。
 僕=恐い
 部長=明るい
 そう分担する事で、クラブを円滑に回している。
 机を前方に集めて僕達は掃除を開始した。
 しばらくするとバケツ探しから二人が戻ってきた。
 一人はバケツを探しに行った子で、一人は登校した時にその子に出会い、一緒にバケツを探していたのだと言う。
 何とでも言える、そんな事は。
 そう思ったが口には出さなかった。
 その代わり部長が笑顔で
「なんだよー、もう来てくれないのかと思ったじゃん。先言っといてくれねーと。」
 冗談交じりで応対していた。直訳すると、サボリかと思った。と言っているわけだが、彼の態度にその子達はすっかり騙されているみたいだ。
「すみませんでしたぁ。気をつけまぁす。」
 特に反省の無い声色で返答するその子達を見ていると、虫唾が走る。
 こんなものか、最近の子は。
 僕も最近の子ではあるけれど、ここまで酷くはないだろう。
 真剣に悩んでいたのだろうか、部長が僕の方を叩いて
「おーい、手が動いてないぞぉ?」
 と茶化して来た。
「悪い。」
 深呼吸して仕切り直す。
 作業効率を考えた分担と、指示を出し、駒を動かすのが僕の役目だ。
 そしてその僕の能力は否応も無く発揮され、床に広がるペンキは早々に拭い取られた。
 これで帰れると思っているのだろうか、この後輩達は。
 後々陰口を言われる事を承知で、僕はこの美術室を前面清掃する事を決意した。
 時間の赦す限りは。
 僕の考えを察したのだろうか、
「よーし、ペンキ作業お疲れ!じゃ、汚したお詫びにこの教室もっと綺麗にしてから帰ろうぜ!!」
 部長がそう言って後輩の非難を買って出てくれた。
「そんなぁ。」だの「えー。」だの口々に言いはしたものの、それでも部長は恨まれないように出来ている。後輩達は新たな僕の指示に従って、床の前面清掃と机・椅子…それから辛うじてモデル用の石膏像を綺麗にする事が出来た。
 残す所は画材と作品の保管場所、窓・水道などまだあるにはあったのだが、しかし様子を見に来た先生によって作業は中断を余儀なくされた。
「お、良く頑張ったな。心なしか前より綺麗になった気がするぞ、教室全体が。」
 そんな事を言いながら差し入れを持ってきてくれた先生に、“まだ途中ですから。”とは言えず。
「よっし、じゃ、今日は終わり!」
 という部長の合図で完全なる終了となった。
 僕は釈然としないものを抱えながら、それを納得した。
 お菓子とジュースを広げた小規模なお疲れ様パーティーは一時間ほど続いた後、食料が尽きた事により自然解散となった。
 後輩達を先に返した僕達は、戸締りを確認し、
「んじゃ、お前達も帰っていいぞ。今日はご苦労だったな。美術室まで掃除してくれて、やけにサービスの良い清掃業者じゃねーか。あんまりにも頑張ってくれるものだから、ポケットマネー使っちまったよ。」
「もう少ししても良いかなって俺達は思ってたんだぜ?でも先生が来ちゃったもんだから、もう集中力0かなぁって。んで終わりになったんだよ。」
「お、じゃ、遅れていけばもっと綺麗になってた訳か?そりゃ残念。」
「ですが、すみませんでした。わざわざポケットマネーで奢っていただいて。」
「いや、良いって。俺も食べたかった訳だしな。」
「案外その方が理由として大きかったりしてな。」
「はは、正解だ。」
「あ、先生。とりあえず傘、どうぞ。未だ降っていないとは言え、もういつ振り出しても可笑しくない雲行きですから。」
「いや、それもう良いんだ。菓子を買いに行った時、ビニール傘も一緒に買っといた。ありがとな。」
「いえ、だったら良いんです。」
「用意いいな、おまえ。」
「今日は天気予報が当たる日だからね。」
「なんだよ、それ。」
「部長が珍しく早く来たものだから、そう言ってたんだよ。」
「お前、職員室の前で隠れてたなら聞いてたんじゃないのか?」
「いや、隠れるのに必死で会話とか聞く余裕無いって。」
 僕はその答えに今日初めて心から笑った。
 先生も笑った。
 本人でさえ笑った。
 今日は散々心の中でお互いに今日と言う一日に悪態を付いていただろうに。
 それでも濁りきった僕らの心でも、こんなにも素直に笑えるものなのだろうか。
 それ程僕らは笑った。
 何が可笑しいのかは解らなかった。
 やり遂げた達成感と、満足感だけがそこにはあった。
 それはこのどんよりした曇り空とは違って、晴れ晴れとした気分だった。

 結局この日、僕は傘を使うことは無かった。
 二本も持って行った事は無駄になってしまったが、天気予報はその予報を無駄にはしなかった。
 僕が家に帰りついたとほぼ同時刻、雨が滝のように降り出したからだ。
 部長は学校から近い場所に住んでいるので、きっと雨に合わなかっただろう。

 後に聞いた話だと、その日真っ直ぐに帰宅した僕達とは違い、ファーストフード店で長々と話していた後輩達(愚痴などを言い合っていたに違いない)は、滝のような雨の中、傘も無くずぶ濡れになって帰ったそうだ。
 先生は電車の中で雨に行き合ったそうだが、下車する頃には止んでいて、せっかく買った傘の出番は無かった様だ。


 行いは全て、自分自身に還って来る。
 僕はこれを聞いた瞬間、彼女達を全面的に許す気になった。


「僕の時間は戻らないけれどね。」
    



+end+
2008.05.31〜06.01
















































17. 違いすぎて、絶望と縁を切った。


−“愛して欲しい” それは果たして本音なのか?−


 所詮私は目立たない存在に過ぎない。
 時代錯誤のおさげな髪型に、眼鏡の外見。
 委員長と呼ばれるには快活感が足りず、窓際の令嬢と呼ばれるには儚さが足りない。
 扱いに困るよりは、扱いたくない。
 それが私の存在をより、目立たなくしているのだと…私はいつも独りで本を読みながら教室の隅で思考する。
 最近の子は色づくのが早い。
 化粧=あたりまえ、スカート=短ければ短いほど良い、授業=不真面目、コンタクト=必需品。
 必死に自分を可愛く見せようと努力する彼女達を見ていると、かわいいなぁ。なんて他人事のように思う。
 素材が良くない自分は、そんな事に金と時間を使い努力する事自体が無駄な徒労だと、未だに色つきリップすら使用した事は無いのだけれど…
 そんなもの、きっと必要にならない。
 一生。
 
 それでも、羨ましくないわけじゃない。
 本の中の女の子なんて、何もしなくても可愛い。
 私と同じように、おさげな髪型で、眼鏡でも、化粧をしていなくても、すごく可愛い。
 そして必ずすごく格好良い男の子と恋に落ちて、幸せになるのだ。
 嗚呼、私がもっと可愛ければ…
「はぁ…」
 溜息は何度目だろう。
 幸せは多く逃げすぎたに違いない。
 きっと私の中には不幸せしか残っていないのだ。
 だとしたら、その内溜息を吐くごとに不幸せも逃げていくのだろうか?
 …としたら、私には何か残るのかな?
 考えれば考えるほど悪化していく思考環境に、私はストップをかけた。
 まだまだ私の人生は長いのだ。
 逃げた幸せが一つか二つ。帰ってきているかもしれない。
 
 その考えが夢物語だと言われても、良い。
 この本の様に泣きたいほど幸せな物語が、いつか私の物語になる事を信じているから。

 信じているから、別にこの教室なんて小さな世界で、私の居場所が無くても全然構わない。
 
 きっとこの世界での私は、本の中に居るのだろうから。
      



+end+
2008.07.16
















































18. 躓いた先の…


−手を差し伸べてくれれば、立ち上がれたかもしれない−


 私は心の狭い、弱い人間だ。
 私の一部が他人に触れられることが極端に嫌で仕方ない。
 私の物だと私が認めた物を、好き勝手されることが許せない。

 例えば自転車。
 例えば本。
 例えばコップ。
 例えば消しゴム。
 例えば…
 例えば…

 挙げていけば際限が無いほどだからこそ、誰も触れないなんてありえない。
 それなのに、“貸して”と言われる度に、また勝手に使われた時に、どんな表情をして良いのか解らず立ち止まってしまう。
「いいよ。」
 の一言がすぐに出てこないのだ。
 だって、嫌なんだもん。
 でも、嫌だという顔をするわけにもいかず、どっちつかずの表情で固まってしまうのだ。
 そうこうしている間にほとんどの場合は強引に話が進んでしまい、取り返せない所まで行ってしまう。
 たまに私の表情を察して“いや?”と聞いてくる人もいる事はいる。
 けれど、そう聞かれて素直に嫌と答えられるなら、私は今こんなに苦労していないはずだ。
 そう聞かれるとついつい“嫌じゃない”と口が勝手に答えてしまうのだ。
 そうやってどんどん私の元から連れ去られていく物達。
 
 あぁ…
 心が抉り取られていく様だ。
 今の私の体はきっと失われたもので穴だらけだ。
 それらはきっと、彼らが帰ってくるまで埋まること無くずっと待っているのだろう。
 その穴から、何かもっと大切なものをボロボロと落としながら。

 そうか、だから私はこんなにもスカスカな人間なのか。
 そうか、だから私はこんなにも小さな人間なのか。

 どんどん落としていってるんじゃ、いくら集めても戻ってこない訳だ。
 私の強さや心の広さが。
      



+end+
2008.08.13
















































19. テレビなんかでよく見かける…けど思い出せない事。


−重要かそうでないかは問題じゃない−


【罪の多い人生を送ってきました。
 生き物の命をたくさんうばいました。
 幼稚園の頃、蟻を指で潰して遊びました。
 小学生の頃、バッタやカマキリを引きちぎって遊びました。
 そんな事を繰り返して繰り返して、今まで生きてきました。
 蚊やゴキブリなんてきっと殺した内にも入りません。
 そのうちもっと大きなイキモノの命でさえうばってしまうでしょう。

 例えば、飼育小屋のウサギや猫や犬。
 そして、人間も。

 けれどまだ大丈夫です。
 なぜなら、僕はまだ人間であるからです。】


【という、小学生の頃書いた作文を見つけた。
 その頃好きだった小説の出だしをもじった書き出しと、大人ぶった文節に嫌悪した。
 自分がどんなに腐った子供だったのか、思い知らされた。
 忘れていた遠い過去が、急に現代に蘇ったようだった。
 僕は子供の頃「なにかを壊す」という事がとても好きだったのだ。
 それが快感だった訳ではない。
 そうやって自分より弱いものをいじめて楽しんでいたのではない。
 生きているものが残酷に、そして瞬間にその生を止める…止められる。その瞬間が愛おしかったのだ。
 “さようなら”“さようなら”と言いながら、壊し続けていた陰湿な子供は、今はただの眼鏡のガリ勉野郎だ。
 教室の隅で、参考書を片手に試験結果に怯える毎日。
 そこには何も無い。
 ただ、勉強という義務があるだけ。

 解放されるべき魂はここには無いのだ。
 
 そして、そんな場所にどんな価値があると言うのだろう。

 今誰かもっと別の強いものに、“さようなら”と壊されても、

 僕に救いはあるのだろうか?】


【という、作文を見つけた。
 文章はとても最悪で、文字を追うごとに意味が欠落していき、わけがわからないまま終わっていた。
 これを書いた人間を、とても人間とは思えない。
 生き物を殺して楽しんでいる(本人にそのつもりは無いみたいだが)奴が、普通なわけが無い。

 そしてそれは正解だった。

 この作文を書いた人間が、とあるニュースで世間を騒がせていたのだ。
 それは、この作文から推測できる通り「殺人事件」だ。
 何故犯人と書いた人物が同一であると解かったかというと、とても簡単な事にニュースでその一部分が放送されたからだ。

【罪の多い人生を送ってきました。(中略)そのうちもっと大きな命でさえうばってしまうでしょう。例えば、飼育小屋のウサギや猫や犬。そして、人間も。】

 そんな作文が、そしてその続きが今目の前にあることがとても恐ろしいのだが…うっかり読んでしまった。人間の…自分自身の抑えられない欲望とは本当に恐い。
 アナウンサーは普段どおりの平坦な口調で「こんなことを考える人間がいるなんて、恐いですね。」と単調にまとめて、次の動物園に新しく加わった生き物についてのニュースを嬉々として紹介したが、こんな内容の後によく動物の話を持ってこれるなと、ニュースの構成を考えた人間に深く疑問を抱いた。
 しかし、この作文はここにあっただけだ。
 作文は、何もしていない。
 見てしまったことに対する後悔と恐怖。誰かに話してしまいたい衝動。
 それら全てに蓋をするように、その作文を元の場所に戻した。

 次に誰かが見つける頃には、この事件はきっと過去のものになっているだろう。
 そう願う。】


 という作文を見つけた。
 名前が無いので誰が書いたのか全くわからない。
 そして、毎日選り取りの殺人事件が世間を騒がせているので、この作文の中の事件もはたしてどの事件だったのか……



 似たようなものが多すぎて、全くわからない。
      



+end+
2008.10.10
















































20. 届いたのは…


−手にすると消えてしまう。−


 放課後の教室に響き渡るのは、運動部の掛け声とささやかな風の音だけで、静かだった。
 告白して玉砕した私の硝子よりも脆かった心を片付けるには、丁度いい静かさだと思った。
 泣きすぎて、泣きすぎて、それでも止まらない涙につられて、また涙が出た。
 制服の袖は涙で満員。
 これ以上、私の心を救い取ってくれる余裕はない。
 ハンカチなんて旧時代の代物は勿論持ってない。
 
【ごめん、俺、お前のことそういう風に見れない。】

 酷い言葉。
 困ったように頭を掻く仕草。
 十年以上一緒に過ごしてきた幼馴染に対してどうよ、それ。
 私だけ…ずっと好きだったのかな。
 まだ何も知らない子供の頃は、「すき」だとか「けっこんする」とか散々言ってくれたくせに、学校に行くようになって、知識が増えて、友達も違って、一緒に過ごす時間は減って、それでも私はそんな言葉を信じてたのに。
 いつだって幼馴染はそういう風に違った絆でお互いを想いあってると思ってたのに…
 私だけ、馬鹿みたい。
 
【俺、お前とは幼馴染でいたいんだ。】

 訳がわからない。
 他に好きな人が居るならそう言ってくれれば良いのに…良くないけど…それでもその理由じゃ、納得できない。
 過ごす時間は減っても、一緒に遊びに言ったりとか、イベントには誘ってくれたりとか、CDとか貸してくれたりとか…教科書に落書きしあったりとか、辞書の面白い言葉に赤線引いて遊んだりとか、そんな事してたのに…
 それってどういう意味だったの。
 勘違い?
 好きだと思ってた。
 私も好きで、向こうも私を好きだと。
 現実って何でこんなに残酷なんだろう。
 上手くいかない事が多すぎる。漫画とは全然違う。
 慰めてくれる相手もいない。
 
 私は明日からどんな顔して幼馴染に戻ればいいの?

 馬鹿。
 
 私の馬鹿。

 こんな事なら、告白なんてしなきゃ良かった。
 それならもう少し、もしかしたらずっと、誰よりも近すぎる距離に居られたのに。

 馬鹿。




+end+
2008.10.21
















































21. 長い時間に埋もれてしまったものの価値


−愛しているのは肩書じゃない何か。けれど…−


 言葉なんてのは厄介だ。
 伝えたい事の半分も伝えられない。
 伝わらないモドカシサ…誰にでも経験があるだろう。
 そういうのに口下手も達者もどうやら関係ないらしい。
 一番重要な…そして重大な場面で役に立たない語彙の少なさ、今まで何となく生きてきた…これが報いだろうか。
 だとしたら本当に最悪だ。
 自分と言う人間に対してこうも表現しがたい胸の奥に石でもつまらせた様な苦しい感情を抱くなんて…それもたった一言で。
「そういうつもりで言ったんじゃなかったんだけどな…」
 溜息。
 放課後。
 聞こえるのは部活に励む運動部員の声ぐらいで…静かだった。
 彼女の去った中庭。
 泣かせてしまったその顔が頭から離れない。

【あの、その、確認って言うか…うん、だからねっ。私とあんたは幼馴染だから今まで誤魔化してきたんだけど、私はあんたの事好きだから、あんたはどう思ってるのかって事!】

 目をそらして少し俯きながら聞いてきた、言葉。
 確かに、ずっと誤魔化し続けてきた事だった。
 だからって今言わなくてもいいじゃないのか?言ってしまったら、今までの関係が全て潰れてしまうかもしれない。そうなったら…嫌だった。
 今まで続いてきたその関係は、そんな事しなくてもずっとずっと永遠だと思っていたのは、俺だけだったんだろうか。
 だとしたら、笑いものだ。大したドリーマーだ。
 好きとか嫌いとか愛してるとか…言わないといけないような関係なんかに…ただのそういう関係なんかになりたくなかったんだ。
 それだけ、今の関係が特別だと思っていたから。
 だけど、
 
【…あ、そう…なんだ…。そうだよね、幼馴染…だよねっ…。】

 間違えた?
 何を?
 伝えたかった事は、言葉にはならなかった。
 最悪。
 子供の頃はストレートに伝えられたのに、今はその方法も忘れてしまった様だ。
 現実はなんて残酷なんだろう。
 大切なもの程、こんなにも傷つけてしまう。
 明日から俺はどんな顔をしてあいつに会えばいいんだ?
 幼馴染としては…もう…会えない?
 
 馬鹿だ…

 本当に、救えない程の馬鹿。

 どうしてあの時引き止めることすらしなかったんだろう。
 そうすればもう少し…もう少し何かを伝えられたかもしれないのに…


 もう…最悪だ…。
 




+end+
2008.11.20
















































22. 人間論


−それが進化ならもっぱら退化と同義だろう−


 切ない時間の流れが緩慢に過ぎる頃、夜は静かに眠りにつく。
 それは誰もが望んだ明日の始まりと今日の終わり。
 その境界は何処にもないと言うのに、けれど一日と言う区切りが目覚めたものに“おはよう”を言う。
 書き上げた原稿用紙何枚になったかわからないレポートの提出期限は、今日。
 自由テーマで書き上げた、元のテーマが何か解らなくなってしまった完成作。
 書いている間はそれが失敗作だなんて気付かなかったが…終わって読み返してみると、これで本当に単位が取れるか心配な内容だった。
 誤字脱字に飽き足らず、日本語そのものが書ききれていない文章力の無さ。
 提出された先生もこんなものを何人も何十人も読むのかと思うと、よっぽどの暇人か、文字の蟲だろう。
 しかし、今のところそんな事は気にしない。
 心配するべきは採点する先生ではなく、採点される僕なのだから。
 無意味にセットした目覚ましが鳴る。
 眠ってはいないのだから、今日はこの勤勉な彼に用は無い。
 出来上がったレポートを鞄に詰め込んで、僕の今日は今始まる。
 そして隣の部屋で夜通し飲んでいた妹の昨日が今、終わる。
 同じ家に居ながらにして時間の違う兄妹。僕ら。
 出会うことの無い隣合わせの生活。
 最後の会話すら記憶に無い。
 好きだとか嫌いだとかの次元は既に終わっている。
 熟年の夫婦のように冷えた仲も通り過ぎた。
 それはただ在るだけの存在になっている。
 空気との関係すらイコールで結ばれない。
 有無すら人生に波を立てない。
 気にかけたところで、時間の無駄にもなら無いイキモノ。
 朝ごはんを頂きにキッチンへ向かったところで父親と出会った。
 だらしない「こんな大人になりたくない見本」といった姿で、ハゲた頭をゴリゴリ掻き毟りながら新聞を読んでいた。
 その目の端に僕を捕らえて、一瞬目線を新聞から離したが、また文字を追うフリをして「おう。」とだけ小さく呟いた。
 「おはよう。」と本人は言っているのだ。ただ年頃の子供の扱い方が解らないから、関われないだけで。
 僕自身はそんな父親を勿論尊敬している訳ではないので、その挨拶には心の中で返事をして、無言で席に着いた。
 父親の斜め前の席だ。因みに、父親の隣は母さんが。僕の隣は妹が座る予定だ。妹が食卓に並ぶことは滅多に無いので実質僕の隣は空席、もしくはお客様席だったりするけれど。
 僕が席について間もなく、母さんが朝食を運んできた。
 昨日のご飯を温めた物と漬物、何が入っているのかよくわからない創作味噌汁。
 卵焼きや焼き魚が食卓に並ぶアニメのようなにこやか家庭の姿はもう幻を通り過ぎて神話だ。
 カピたご飯を口に詰め込みながらいただきますを思う。
 誰も口を開かない。
 言葉と会話は無表情に隠して食べるのだ。
 そして食べ終わったものから退出する。
 母さんは流しに、父親はテレビの傍に、僕は学校に。
 行って来ますも心の中で言った。
 誰も行ってらっしゃいを言わない。もしかしたら心の中で唱えているのかもしれないけれど。
 この家を出て学校で僕は精々練習するのだ。
 笑顔と会話と人との関わり方を。
 
「よっす、おはっ。論文出来たか?」
「よっす。徹夜で完成させた。お前は?」
「にしし、今からお前のを見て考えるっ!」
「よーせーよ。俺の大作はお前にはマネ出来ねーもん。」

 友達とのやり取り。
 付き合い。
 
「それじゃ、書いてきた論文を提出出来た奴から自習だ。出来てない奴は必死で書き上げろっ。今日の放課後までが期限だ。」

 先生との駆け引き。
 成績の。

 人の一生は、繰り返しの毎日。
 飽きても捨てれない、死んでも終わらない。
 リセットなんて初めから付いていない、永遠のゲーム。
 勝つ為のレベル上げと装備が必要。
 でも、取扱説明書も無いんじゃ、遊べないよ。
   




+end+
2009.01.11
















































23. 盗まれたものは誰への愛だった?


−何が悪い。−


 雨が降ってきた。
 僕はそう思って空を見上げた。
 けれど空は、清々しいまでの青空だった。
 だったら今のポツンと当たった水は一体何だったんだ…
 そう思ってじっと空を見続けていると、今度はクラスメイトの顔がいくつか教室の窓から現れた。その顔は酷く歪んで見えた。
 そして、更に大量の水がバケツごと僕の上に落ちてきた。
 ガコンと鈍いプラスチックの音が僕の頭に当たった。

 痛い

 とっさにぶつかった場所を手で覆ったけれど、じんじんと痛むばかりだった。
 頭上から「にぶすぎ」だとか「普通よけるだろ」とかいうクラスメイトの声が聞こえてきたが、ある程度僕を笑うと窓から消えていなくなった。
 僕は独り残された。
 ずぶ濡れだった。

 痛い

 どうやら僕はクラスメイトにからかわれたらしい。
 というより、いじめ…かな。
 嘆息する反面、どうしようもなく自分を惨めだと思う気持ちが押し寄せてきた。
 クラスメイトにいじめられる理由は様々だけれど、一番大きいと思うのは僕が人より…恰幅が良いせいだと思う。
 俗称デブ。
 自分で言うのもなんだけれど…確かにデブはすぐに汗をかく。それがまず女子の心象を悪くした。
 そして更にデブに対する偏見。
 デブ=おたく

 という方程式により、僕はクラスメイトから隔離された。
 実際はアニメやフィギュアに興味のないのだけれど、まぁ、いじめる理由には“本当のところの真実”なんて関係ない。
 見た目と偏見さえ周りの大勢と一致すれば、それだけで理由になるのだから。
 それでも、僕がもう少し明るいタイプの人間だったら、もしかしたらこの太い体を利用したギャグでクラスメイトをギャクに虜に出来たかもしれない。
 しかし残念なことに、僕は根暗で口下手な本当にどうしようもないデブだから、例え太るのは体質上仕方ないんだと説き伏せたくても、弁解の時間すら与えてもらえずに水をかけられる。
 ただの水だけならまだ良い。
 時には絵の具が混ざった水や、どうしようもなく臭い…腐った水だとか、そういうものをぶっ掛けられる時もある。
 
「心まで脂肪に覆われてっから、痛くもかゆくも寒くもないわなっ。」

 クラスのリーダー的存在で、水ぶっかけごっこの先導者は笑ってそう言った。
 誰も僕を助けない。
 自分が同じ目に合う事を恐れているし、何より僕をいじめることで何かしら満足を得ているからだ。
 ストレス解消。
 その為の生贄が、今現在進行形で…僕だった。

 泣きたくなる気持ちをぐっと堪えて、痛みの引いてきた頭から手を退けた。
 少し瘤になっていた。
 濡れた体がどうしようもなく寒かくて、心が震えてた。
 いっそ死ねたら楽なのに…
 でも、僕には死ぬことも満足に出来ない。

 臆病で、弱い自分。
 
 情けなくて、また心が痛んだ。
 キリキリと締め上げてくる。このまま僕の首も絞めて、いっそ楽にしてくれたらと思う。
 どうせ水をかけるなら、殺してくれと思う。
 僕が死んで、その罪をこいつらが背負うなら、それはそれでありじゃないかと。

 ずぶ濡れの僕に奇異の目を向けながら、生徒がちらほら通り過ぎていく。

 逆に、僕が今この場でダレカを殺せたら…僕はこの地獄から抜け出せるだろうか。
 それはステキだ。
 ステキだけれど、僕には無理だ。

 僕にはまだ、人間としての理性が残っているから。






+end+
2009.01.25
















































24. 寝ている間に巡る季節


−いつだって考える生き物さ、人間は。−


 眠れない夜は羊を数えろ。
 誰が最初に言ったのか解らないが、多くの人が一度は試し、そして挫折する。
 羊を数えていると、数えることに集中して眠れたもんじゃないからだ。
 羊を数えながら眠れる人間は、きっと数えなくても眠れる人間に違いない。
 僕はといえば、眠れない人間そのものだった。
 初めての時はただ数えた。
 一匹…二匹…三匹…
 数が百を超えだすと、だんだん自分がどの数を数えているのかわからなくなり何度も一から数えなおした。
 次にやった時は羊が柵を飛び越えてこちら側へ向かってくる映像を思い浮かべながら数えた。
 しかし十を過ぎたあたりでイメージが追いつかなくなり、訳がわからなくなってやめた。
 けれど羊でも考えないとどうしようもなく不安な事ばかり考えてしまうのだ。
 世の中は豊かだが、それは一部の人間だけに過ぎない。
 僕たちの様な学生は、国の情勢に一喜一憂し、アルバイトの自給に真剣に悩み、友達付き合いに 金をつぎ込まなければならず、そしてそれはとても平和な暮らしとは言えなかった。
 あまりにもストレスを溜め込んで自殺する者も後を絶たない。
 僕はそれでもまだ上手く立ち回っている方ではあるけれど…それでも完璧では無い。
 昼間は何の恐怖も無い、ただ必死に勉強して、必死にサボって、馬鹿やってれば自然と時間は過ぎるもんだ。

 けれど夜は長い。
 うんざりする程長い。

 その暗闇は誰もに不安を与え、恐怖の縁を覗かせる。
 安らかな眠りを求めるものに、決して安らぎなどこの世に存在しないのだと囁きかけるのだ。
 そうしてそれらを振り払う為に、人は羊を数える。
「ひつじが…いっぴき…ひつじがにひき…」
 声に出して数えると、その言葉に意識が集中し、悩んでいた事柄を一時的に考えないように仕向けることが出来る。
 けれど数え続けなければすぐに囁きが戻ってくるのだ。
「ひつじが…何だっけ?…えっと…ひゃくにひきぐらい…ひつじが…ひゃくさんびき…」
 そうしてうっすらと空が明るくなり始めて、太陽がこっそりと姿を現し始める頃、暗闇たちは次第にその存在を無くし消えて行き、僕たちはようやく安心して束の間の眠りに就くことが出来るのだ。

 目覚まし時計が鳴るまでの…あと数分間のあいだだけ…。

 
 




+end+
2009.02.08
















































25. 残った私にどんな価値があると言うのだろう。


-幸せなんて見つからないから-


 友達ってべたべたしていつも一緒でどうしようもないぐらい邪魔というか、一人で行動できないの?とか思ったりして、何で皆一緒おそろい?馬鹿馬鹿しいんだよね。
「だから、私、友達は作らない主義なんだよね。」
 彼女は私に笑ってそう言った。
 だったら、私はあなたの何なのよ。友達じゃないの?口から出かかった疑問を飲み込んで、私は愛想よく笑って何も言えなかった。
 彼女はこうも言った。
「あんたも私と一緒でしょ?だから、仲良くなれそうな気がする。」
 気が合って仲よくしてる者同士を総称して友達と呼ぶんじゃないの?とも私は思ったけれど、何も言えなかった。

 彼女は良くも悪くも友達の意味を履き違えているんだと、ぼんやりと頭の片隅で考えながら、私は無性に寂しさを感じていた。
 この目の前にいる彼女が、たったその一言だけで遠くにいるように錯覚したからだ。

 彼女の言う友達と私の言う友達。
 私の言う友達と彼女の言う友達。
 
 一体どれだけの言葉を並べれば、その差異が埋められるだろうか?
 けれど私はあえて訂正したりしない。
 口をはさめばはさむほど、言葉は虚しくなり、意味が遠のいて行ってしまうのを知っているから。
 だから私は何も言えない。
 せっかくの“友達”を失いたくは無いから。

 この教室という一つの世界の中の、ちっぽけな存在わたしを見つけ出してくれたのは、他の誰でもない、彼女だったのだから。
 彼女がそれだけで私を見出してくれたのなら、友達の違いなんてほんの些細な事。
 気にもしないよ。

 だから、隣にいてね。
 ずっとずっと、私を友達じゃない友達でいさせてね。

 大好きだよ。
 
 




+end+
2009.03.26
















































26. ハートの無い贈り物


−箱の中身は大切じゃない。問題はその手前に落ちている。−


 一年に一度。
 一生に何度か。
 それは巡ってくる。
 まるで忌々しい儀式の如く。
 
 誕生日

 一年で誰もが味わう「歳を取る」日。
 生まれて来た事を祝う為なのか、プレゼントをもらう為なのか、真意が逆転したサカサマの日。
 ケーキとご馳走。
 おめでとうと花束。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔。
 何が面白いものか。
 何がおめでたいものか。
 まだ私が生きている。
 それだけの話しじゃぁないか。
 プレゼントを貰うのも億劫だ。そんな物は必要ないんだ。何が欲しいかなんて訊ねてどうする。そんなもの、貰ったところで意味は無いんだ。その行為自体が無意味で、残酷だ。
 繰り返されるプレゼント交換の嵐。
 貰ったらあげなければならない法則。
 その為にある、誕生日にどんな意味が在るのだろう?
 誰もが私に言う。
「おめでとう!何歳になったの?」
 私は曖昧に笑って応える。そんな事も忘れたのかと思いながら。
 一体全体世の中はどうなってしまったんだろう。
   誕生日が特別だと思うなら、毎日がダレカの誕生日だ。
 毎日が特別だ。
 私達が知らないだけで。
 
「生まれてきてくれてありがとう。」

 一番近しい人はそう言うけれど、むしろそれは私が言わなければならないのではないだろうか?「生んでくれてありがとう」と。「育てれくれてありがとう」と。そうでなければ今の私は存在しないのだから。
 子供の頃はケーキとご馳走とプレゼントと歌と花束と祝ってくれるみんなが居て、誕生日は待ち遠しいものだった。
 だけど、誰よりプレゼントを何個多く貰っただの、高価な物が入っていただの、そんな事を耳にするようになって、私の誕生日への価値は無くなってしまった。


 誕生日なんていらない。
 今日という一日の連続が、その毎日が特別な日であり、代わりは無いのだから。




+end+
2009.04.07
















































27. 光の雫


−もう元には戻らないんだよ…。−


 僕に勇気がほんの少し、ミジンコ程度でもあったなら…
 この教室せかいでの見るに堪えない光景を変える事が出来ただろうか。
 そんな思い自体がおこがましく、こんな想い自体が卑劣で、そもそもそんなモノがないからこそ僕は、こんなにも苦い思いをしているのだろうか。
 拳を握りしめて耐えるだけで…まるでテレビを見ているかのように、厚みのあるガラスを隔ててその世界を僕は見ている。

 何もせずに、ただ、見ている。

 毎日。

 毎日。

 クラスメイトと呼ばれる彼らによって、同じくクラスメイトと呼ばれる一人の彼が、悲しいほどに無残で惨めな目に遭っているのを…見ている。
 見ていること自体が不快で、聞こえる音も不快で、何もしないクラスメイトが不快で、加害者のクラスメイトも不快で、被害者のクラスメイトも不快で、ただ見ているだけの自分が不快で、それでもどうして一言も声が出ないんだろう。
 「やめろ」だとか「いい加減にしろ」だとか、心の中で何度も制止した言葉。
 言うこと自体が恐ろしくて…
 そして僕は“自分が可愛いただのクラスメイト”に過ぎない事を知った。
 助けることで僕が被害者になるのなら、僕は救済者にはなりたくない。
 誰もがそう思っているから、この教室でただ一人の彼が助かる術はない。
 冷たい瞳。

 瞳。

 瞳。

 死んだように見ているだけの僕らは、救いを求める一人の彼の瞳にどう映っているのだろう。

 お願いだから、これ以上僕を見ないで。
 その君の瞳の中に映る僕が、僕を見返してこう囁いてくるんだ。
 
 「お前のせいだ」

 お前のせいだって。
 僕のせいじゃないよ、みんな同罪じゃないか。
 お願いだから、僕を一人責めないで。
 僕を被害者にしないでください。


 君を助けない僕を、助けてください。





+end+
2009.05.22
















































28. 振り出しの帰り道


−例えるなら、それは赤い果実でした。-


 堤防の上を両手を広げて歩く。
 右を向けば広い海。
 左を向けば住宅地。
 危うげなバランスで彼女は楽しそうにリズムを刻んで歩く。
 トン トン トン トン 
 跳ねるように。

「卒業したら、君はどうする?」

 歩きながら彼女は僕に聞いた。

「わからない。」

 僕は彼女が踊る堤防の下で、自転車を押しながら静かに答えた。

「ふーん。」

 彼女は特に興味は無かったという風に適当に相槌を打って

「私は、卒業したらこの町を出るよ。」

 そう言った。
 驚いて僕は立ち止った。
 
「なに?」

 彼女はステップをやめて、立ち止る私を振り返った。
 目と目が…合った。

「町を…出るの?」
「そう。ずっと遠くへ行くのよ。」
「この町が嫌い?」
「好きじゃないよ。ずっと好きじゃなかった。だってこの町は普通すぎる。当たり前すぎる。日常的すぎる。平和すぎる。私はもっと刺激がほしいの。君は違うのかな?」
「僕は好きだよ。ずっと好き。君がいるこの場所がずっと好きだったよ。」
「じゃ、君ももうすぐこの町を好きじゃなくなるね。」
「そうかもしれないね。」
「私と一緒に来る?」
「ずっと遠くに?」
「そう。ずっと、ずっと遠くよ。」
 そう言って彼女は海の向こうをじっと見つめた。僕も同じ様に海の向こうを見ながら、
「僕は行かない。」
 誰に言うでもなく呟く程小さな声で泣くように言った。それは彼女への祈りか、懇願だったのかもしれない。彼女に僕の声が聞こえたか、聞こえなかったかは分からない。彼女は僕のその答えに何の言葉もかけてはくれなかったから。

 やがて僕らは受験という苦難を乗り越え、学校という窮屈な居場所を卒業した。
 僕はそのままただ彼女が普通だとか当たり前だとか日常的だとか平和だとか表現した町で生き、彼女は笑って遠くへ行った。
 彼女と話したのはこの時が最後となったけれど、今でも僕は彼女がこの堤防の上で踊りながら現れるのではないかと期待している。

 いつか彼女が刺激に飽きた時、僕は彼女の帰る場所になりたかったのだ。




+end+
2009.07.11→加筆修正2009.07.12
















































29. 下手くそな愛情表現


−好きじゃないよ。好きだから。−


 “誰かの為に”
 それはなんて押しつけがましくて、おこがましくて、驕り高い人間の傲慢な謙遜の言葉だろう。そう言えば尊敬や同情が買えると信じて、何もかもが許されると本気で思っているのだろうか。
 “誰かの為に”
 “友達の為に”
 “家族の為に”
 そして、結局は“自分の為に”“自分への評価の為に”使われ続ける権利。
 私の目の前で凍りつくような笑みを浮かべながら、彼女はそんな力を揮っていた。
「言っておくけど、先に言っておくけど、私は本当はこんな事なんてしたくないの。だって、手は痛いし、汚れちゃうし、それにちっとも面白くないんだもの。仕方ないよね。仕方ないんだよ。だって、私はあなたの為にこうしてあげるしか出来ないんだもの。ごめんね、ごめんね。痛いよね。知ってるよ。痛い事してるんだもの。だけど、私のせいじゃないのよ?本当に。私はこんな事本当にしたくないんだから。」
 クスクスと彼女は手にした三角定規の角の尖った部分を私の額に突きつけながら笑う。
 三角定規と一言で言っても、筆箱に入るような小さなものじゃない。A4のファイル程の大きさのプラスティックの透明の三角定規。角の尖り具合も鋭くて、私の皮膚を今にも食い破ろうとしている。
 クスクスと彼女は笑う。
「でもこれもあなたの為なんだよ?あなたは私の傍にいればいいの。ずっと私の隣に居ればいいの。これは命令じゃないよ。これは運命なんだよ。誰と友達でもいいの。だけど、親友は私だけよ。あなたにとっての私と私にとってのあなたはとても対等で同等で価値のある存在よ。だから私はあなたの傍にいてあげる。誰と友達になっても親友はあなただけよ。好きも嫌いも愛してるも無いの。全部持ってるから。あなたもそうでしょう?私のこと好きで嫌いで愛してるでしょう?私と一緒なら、あなたに苦労はさせないわ。宿題だって見せてあげる。彼氏だって作ってあげる。だけど、一番は私とあなただけよ。あなたと私だけ。他の人はいらないの。わかってくれるよね?その事を本当に理解して欲しいんだよ、私。だからひどい事だってしちゃったけど…全部あなたの為なの。あなたがはいって言ってくれればこんな事せずに済んだんだよ。あなたが私に内緒で誰かとお弁当を食べたり一緒に帰ったりしなきゃこんな事しなくて良かったんだよ?私悲しかったんだよ?だからもうわかってくれるよね?私にこんな事させないよね?」
 笑いながら泣いて、泣きながら笑って。彼女の顔は恐ろしいほど歪んで、それでも私と目を合わせて呪いを吐きだす。
 小さな箱の中で生きていた彼女は、外の世界を知らなかった。井の中の蛙は大海へ出て行ってしまった私を責める。
 暴力と、同情と、愛情と憤るような思いをぶつけるだけぶつけて、その狂気の渦の中に今にも壊れそうにアンバランスに立ちながら。
 私の中に芽生えるのは彼女への恐怖と諦めと、そして脱力。
 可哀想な彼女。
 私と言う井戸の中でしか生きられない、彼女は小さな小さな蛙なんだ。
 私は彼女の突きつける三角定規を左手で払いのけて、
「わかった。」
 とだけ言った。
 三角定規は払われた衝動で彼女の手から離れ、そして、三角定規が離れた手に私の右手が握られた。
 彼女は涙を拭いて、ようやく普通に笑った。

「よかった。あなたは解ってくれると思ってたんだよ。」

 そこに居たのは、ただのちっぽけな蛙だった。
 可哀想な、ちっぽけな存在だった。
 私を脅かすのは彼女じゃない。
 私が彼女を脅かしている。
 だから、私はいつまでも海を隠しておいてあげるんだ。

 彼女の為に。
 
 



+end+
2009.07.18
















































30.他の事はずっと見えないままがいい。


-黒い世界に蓋をして、綺麗な所だけ憧れて。-


 いつだったか正確な時間なんてきっとお互いに覚えていないだろうけど…
 それほどずっと昔。
 まだ小さかった頃、僕らはお互いにお互いの事を見失わずに生きていたね。
 けれどいつの日か君は僕より先に大人になってしまった。
 もうこの手を繋ぐ事も出来ないなんて…
 義務教育。
 クラス替え。
 新しい環境。
 それでも、僕らがまだお互いしかいなかった頃は良かった。
 それぞれがそれぞれに友達を作って、そしていつから僕らは一緒に遊ばなくなった?
 教室の中でいくつも分裂した小さな世界。
 誰もがそのどこか、あるいはいくつかの世界の一部で、そこからは逃れられない。
 僕と君の距離は手の届く距離なのに。
 目で追って、会話はなくて。
 なんて遠い。
 なんて遠いんだろう。

『わたしがおよめさんになるから』
『じゃ、ぼくもおよめさんになるー。』
『おとこのこはおよめさんにはなれないんだよー?』
『じゃ、なにになるの?』
『んーっとねー。あ、だんなさん!』
『じゃぁぼくそれになるー!』
『うん!』

 幼馴染の約束は、漫画ほど上手くはいかない。
 照れとか、恥ずかしさとか、男は男同士、女は女同士とか。
 世間の柵に捕らわれて、もうどうする事も出来ない。

 僕が弱いのか。
 彼女が強いのか。

 僕が臆病なのか。
 彼女が強気なのか。

 僕が未練がましいのか。
 彼女が興味が無いだけなのか。

 今の僕をどう思ってる?
 好き 嫌い だとどっち?
 答えは聞きたくない。
 嫌いなんて言われたくない。
 もし踏み出した一歩でこの関係が壊れるくらいなら、僕はずっと君の幼馴染でいたいよ。
 
 友達と話す君の背中に背を向けて、僕は僕の友達と話す。
 アイドルや勉強や、先生の悪口。 
 親の愚痴。ゲームの攻略法。
 話しているフリをして、君の話を聞く。
 今までは僕に向けられていた話。
 そして、もう僕には相談もされない話。
 
「な、聞いてんのかよ?」
「あ?あーうん。聞いてる聞いてる。」
「とか言って、どっか行ってたぞ?」
「口ぽかーんて開いてたぞー。」
「え、まじ?」
「で、どこ行ってたんだよ。」
「いや、ちょっとコンビニまで。ってなんでだよ。考え事してただけだって。」
「お前が考え事?」
「学食の日替わりメニューの事でも考えてたのか?」
「ちげーし。そんなんじゃねーよ。そんなんじゃ…」
 冗談しか言えない友達。
 ありがたいね。
 この気持ちを隠すには、こんなバカな冗談が一番気がまぎれる。
「僕が考えてたのは、お前のズボンのチャックが何故開いているのか。それは遠回りな僕に対するセクハラなのか、クラス全員へのエロいアピールなのかってことだ。」
「げっっ!!!ちょっ!おまっ!!ぎゃー、マジで開いてる?!!!」
「おー、お前そんなにこいつの事がっ?!」
「ちげー、ばかっ!お前も気付いてるならさっさと言えよ!!」
「いやぁ。あまりにも大胆で。」
「うっせー!恥ずっ!!死ぬ!!」
「しねしねー」
 僕らの話に気がついて、彼女たちのグループがこっちを向いて笑ってる。
「きもーい、気付きなよー。」
 なんて冗談めかして笑ってる。
 
 あー、馬鹿馬鹿しくて、涙が出そう。
 そんな事でも彼女が笑ってくれたら、嬉しいなんて。

 こんなにも、嬉しいなんて。




+end+
2009.10.02
















































31. 未だ見えない未来に希望の唄を


−その日、僕の世界で彼女は笑った。−


 僕はいつだって人の影に隠れて安心していた。
 会話という会話に相槌を打ちつつも発言は控え、右で囁く悪口あれば、左は何と悪だと言い、左で囁く悪口あれば、右は何と悪だと言い、誰の言葉にも逆らわず、肯定もせず、周りから逸れない様に、けれども近づき過ぎない様に細心の注意を払い、適切な距離で相手と関わり、存在をただひたすら影に隠して、学校を一歩出れば「あれ、そんな奴いたっけ?」「いたかもしれなけど、よく覚えてないや」なんて思われる、そんな位置に僕は望んで立っていた。
 過去にトラウマがあるわけでもなく、友達が欲しくないわけでもなく、人間が嫌いだとかそういうわけもなく。
 自分でも何故好き好んでこんなややこしい位置に居るのか完全に理解する事も出来ず、ただ気付いた時、僕はもう既にそこに居て、そこに居るのが当たり前になっていたんだから、それで当たり前だと思っていたし、それが普通だと思っていた。
 誰かから言われたわけでも、必要に迫られたわけでもない。
 上手く言葉には出来ないけれど、そうなくてはならない・・・・・・・・・・と僕自身が感じていた。呼吸を知っていると同じで、それは違和感のない生き方だった。
 だからか、誰からも疑問に思われる事も無く、その事について指摘を受ける事も無かった。
 教室の隅でじめじめしている奴らや、校則を守らない、勉強もしない、暴れまわって何で学校に来ているのか解らない奴らとは違って、異質であっても異分子ではなく、ごくごく馴染んだ存在であって、全く知らない存在。
 それはどこか透明なガラスの板で大きく住む世界を分けられて、姿は見えるけれども声は届かないといった様な…。
 泳いでいる魚とそれを見ている人間。世界が交わらない、そんな感じだった。
 外側から見れば、僕は活発的で、誰とでも打ち解ける事の出来る優秀な生徒に見えるだろう。
 だから、そう見えている人ばかりだから気付かれない。
 絶対に。
 僕が向こう側に居る事を。

 
 ただ、そのガラスはあまりにも脆かった。
 老朽化で片づけてしまうには、僕は長く生きてはいなかったし、経験が足りなかったというよりは、経験が無かったという出来事。
 席替えでたまたま隣の席になった彼女と、良くも悪くも言葉を交わしてしまった僕の不甲斐無さを、もう一人僕がいたら笑っただろう。
「初お隣、よろしくっ。」
 快活な彼女につられて、
「よ、ろしく。」
 たったそれだけ。その最初の一言が破滅を招いた。
 その小さな罅割れは亀裂を孕み、じわじわと現実となって押し寄せた。
 彼女こそ稀にみる正真正銘の快活優等生で、誰とでもすぐに打ち解ける天才的な人格の良さを持っていた。
 人の前で人は平等、友達というカテゴリー、クラスというカテゴリー、学校というカテゴリー、カテゴリーというカテゴリーに縛れない、その卓越した人間関係の人脈の広さと統率力。目上を敬愛し、目下を溺愛し、同級生を尊敬し、それでいて弱気ではなく、常に正しい事を正しい様に突っ走り、悪を正し、それでいて頑固ではなく素直に間違いも認められる。
 人間というより、超人。
 そういう扱いをされる事を彼女は一番嫌うが、それでも様をつけてもまだ足りない、彼女がいなければこの命なかったという人が裏にごろごろいると聞く。
 噂は所詮噂だが、そんな噂が立つこと自体恐ろしい。
 まったくもって正反対の存在に、何の対処もせずにのうのうと普段通り過ごしてしまった、これが僕の落ち度だった。
 鉄壁のガラスは脆くも崩れた。
『思ってる事あるなら言っちゃいなよ、すっきりするから。』
『なんか、向こう側に居るって感じ。もっとこっちおいでよ。』
『笑う時はさ、本当に笑いたいときだけ笑えばいいと思うよ?』
『あ、今のは良い表情だ。すっごくイヤそう!」
『得手不得手得意不得意、現実と非現実、明日と昨日。二つセットだから!バラバラにはならないんだよ。』

 がんがん打ち込まれていく言葉の弾丸。
 見透かされた、僕の生き方。
 セットだから、そっちに行って…いいんだろうか。
 心が揺らいだ隙に、完全に完膚なきまでに僕の壁は崩壊した。
 破片すら残らず、僕の前から消えて無くなってしまった。
 僕の世界だった場所が、皆の世界に繋がってしまった。
   怖くないよと言う様に、彼女は笑って僕を迎えるけれど、もう、どうしてそれがそんなに安心できるんだろうか。
 とうとう僕も彼女の前に、ただの人に成り下がってしまった。
 それでも彼女は僕に言う。
「おかえり、随分近くなった。やっと同じに立てたよ。」
 僕が立たせてもらっただけなのに。
 敵わない。
 正反対だと思っていたけれど、それは彼女に対して失礼が過ぎた。
 反対ですらない、彼女と対になんてなれない。

 もう、
 僕は、
 本当に、
 何て小さな蛙だったんだろう。




+end+
2010.02.17→加筆2010.02.19
















































32. みつからない想いの一欠片


−見当違いと言われても、その羽を休める事は出来なかった。−


「来年の春、必ずまたここに来る?」
「うん。」

 それは過去の話。
 今年の春、待ち人は現れなかった。

 時の流れほど残酷な物は無いと言うけれど、何がそんなに残酷にさせたのだろう?
 桜は散ってしまった。
 今、木の枝には緑の葉が多い茂っている。
 もうすぐ夏が来る。
 一年はこんなにも待ち遠しく、過ぎてしまえば一瞬の煌きにも満たない。
 ずっとここにいる私は、馬鹿みたい。
 何を待っているんだろう。
 約束なんて、覚えているだけ損だ。
 忘れてさえしまえば、ここに居続ける意味もなくなるのに。

「俺、こっちの高校受験するよ。」
「でも、偏差値きびしーんでしょ?」
「関係無いよ。どうせどこかには行くんだ。だったら、おまえと一緒の所に行く。」
「反対されない?」
「もっと遠くの高校や、専門学校に行く奴だっているんだ。説得するさ。納得させる。」
「…うん。」
「うれしく…ない?」
「うれしい。それはすっごく。」
「の割には浮かない顔だな。」
「そりゃぁ…」
「現実的に考えりゃ、そりゃ…今までの俺の学力じゃひゃくぱー無理。知ってるよ。だけど、やる。他の事は何一つちゃんとしてこなかったけど、今度はやるよ。」
「じゃ、来年の春、必ずまたここに来る?」
「うん。」
「やくそく…する?」
「する。」
「待ってる。」
「信じろ。お前の惚れた男なんだぞ、俺は。」
「何それ、逆に信じらんないよ。」

 ほんと、信じられない。
 お調子者で、軽くって、真剣な事なんて何一つ言った事無かったのに。
 あの時、そう言うから信じたのに。
 私が好きになったんだから、やってくれる。って、何よそれ。
 そんな理由で成績が伸びるなら、私だって苦労しない。

 折角合格しても、私だけじゃ、意味が無いじゃない。

「ばか。」

 いつまで待てばいい?
 それとも、もう終わってるの?

「ばかって言う奴がばかなんだぞ。」
 
 声に振り返ると、居た。

「なっん…で…?」
「俺を侮るなよ。しぶといぞ?お前が俺を捨てたら、もう一度拾うまで付きまとってやる。」
「じゃなくて、高校は?春に帰ってくるっていったから…私…」
「俺、いつも遅刻だったじゃん。今回もちょっと遅刻。合格してるし、4組のクラス名簿に名前載ってるんだぜ?ま、ちょっと親の都合で入学して休学してたけど。」
「4組って、隣のクラス…。」
「言えなくて、悪かった。待たせて、ごめんなさい。合格、おめでとう。」
 
 笑って手を広げる。

「ほんっと、馬鹿。そうなら先に言ってよ!」

 私は、その胸に飛び込む。

「だって、ここで出会える方が、運命的だろ?」
「運命なんていらない。もう、遅刻禁止だからね!」

 顔もまともに見れない。
 運命なんて信じてない癖に、運命に踊らされて、馬鹿みたいに嬉しい。
 涙が出るほど嬉しい。

「よし、遅刻した分、明日から一緒に学校行こう。迎えに行く。」
「遅刻しない?」
「しない。」
「絶対?」
「絶対。」
「約束する?」
「約束する。だから、一緒に学校行ってください。」

 抱きしめられた温度が、夏の様に暑い。
 さわやかな風が私達を避けて通り過ぎ、木の葉がその風に乗って少し揺れた。

「…うん。」


 その時、私の心の中で冷酷だった時間が正常に戻る音がした。
     



+end+
2010.06.04
















































33. 難しい事を考えよう


−1たす1は?−


 バイトが終わって、家に帰って、一息ついた。
 夜、十時。
 両親と二歳年下の妹と自分の四人家族の我が家は、俺がバイトから帰ってくるこの時間帯が「お風呂ラッシュ」だ。
 九時台にある面白そうなテレビ番組を見終わって、暇な時間を埋める様に一斉に風呂に入りたがる。
 父親だから、女だから、子どもだからといった優先順位は一切無く、先に脱衣所に入って扉を閉めた者勝ちだ。
 テレビなんか見ていないで俺がバイトから帰ってくる前に全員済ませておいて欲しいと切に願っているが、不満を口に出す程愚かではない。
 何処の家庭でも男の立場は弱く、虚しい。
 口では女に勝てない。
 喧嘩に使う体力があるならもっと他の有意義な事にその体力を使おうと思うと、何にでも「あー、もう、わかったわかった。」と言ってしまう。
 それでも、どうせなら早く入りたい。
 バイトの汚れを洗い流してさっぱりしてから、夕飯へと移行したい。
 そう思って帰宅後すぐに脱衣所に向かうのだが…

 風呂場の明かりを見て溜息が出た。 
 今日も誰かに先を越された。

「あんた、ご飯は?」
 風呂を諦めて台所に入ると、俺を見つけた母親がすかさず尋ねてくる。
「食べるに決まってんだろ。」
 見れば解かるだろうと言いたくなる事を、母親は何故か必ず聞いてくる。風呂に入れなかったイライラも手伝って、言葉の先が尖る。
 テーブルに座って、テレビをとりあえず点ける。
 見たい番組がある訳じゃない。
 会話もろくに出来ないこの沈黙を緩和する為の手段だ。
 
 家族仲が悪い訳じゃない。
 ただ、ちょっと、合わない"。そんな感じで。

 座ってぼんやりテレビを眺める俺の前に、温めなおした料理が並ぶ。
 心の中で「いただきます」と言って、俺は無心に食べた。
 美味いとか不味いとかそんな事を考える余裕は無い。
 興味の無いテレビの音もほとんど耳に入らない。
 食べ終わるとまた心の中で「ごちそうさま」と言い、そのまま自分の部屋へ直行する。
 「まったく。最近の子は何を考えてるのかしら。」とぶつぶつ言う母親の言葉が耳についたが、無視した。
 
 面倒くさい。
 まじで面倒くさい。

 社会は腐ってる。
 大人が腐ってるから、子どもも腐ってる。
 未来なんて無い世の中に未来を求めて生きていて、ただ生きているだけで一体何が変わると言うのだろう。
 毎日同じことを繰り返しているうちに一年なんてあっという間に過ぎていく。
 やりたい事は沢山あって、でも何も出来ないままに終わって。
 人生を振り返るときも、今日を振り返るときと同じで「何やってたんだろう?」で終わってしまいそうな日々。
 腐った人間が腐った政治をして、これ以上駄目にならないだろうと思っていた事を簡単に駄目にしてしまって、取り返しがつかなくなって、それを隠すためにまた腐って、腐って、腐って、腐って。
 生きていたって何もない。
 夢を求めて宝くじを買ったっ所で、当たる夢だけ見て終わるのが現実。
 金があれば人間らしく生活できるから仕事をする。とはいえ、その仕事も外国の労働単価が安い場所へとどんどん移築されていって、さて俺の住むこの国には一体どれだけの働き口があって、それに対して何人の人間が働いていて、何人の人が働けていないのか…把握すらも出来ない。
 アルバイトの身の上は親の収入さえあればなんとでもなる。
 生活なんて考えなくていいからだ。
 でも、こんな生活がいつまでも続くなんて思っていない。
 父親はサラリーマンだ。いつだってリストラ出来る使い捨ての駒だ。
 母親は専業主婦。
 妹は親からの小遣いでやりくりしている。
 俺はアルバイト。給料は全て自分の為に使っている。
 父親がリストラにあって職を失えば、崩壊しそうな家。
 貯金もなさそう。というより、貯金が出来る余裕があるわけがない。
 だからといって、親を助けようとは思わない。
 家を支え家族を支えるのが親としての責任であり、子どもの俺には関係ないからだ。
 希薄な絆。
 他人が親の顔をしている様な気さえする。
 本当にこいつらは俺の事を自分の子供として可愛がっているのか?
 別に可愛がられたいわけではないが、この家に生まれてきて良かったのか迷う。
 この世界に生きてきて良かったのか迷う。 

 生きているはずのこの世界は、死んでも何も変わらないこの世界は、果して俺が生きていい世界なんだろうか?
 意味はあるんだろうか? 
 意味があったところでどうにかなるんだろうか?
 死ぬのも面倒くさいけど、生きるのも疲れる。
 どうすれば考えずに済むだろう。
 
 自分の部屋に戻り、ベッドに寝転び、仰向けになってずっと天井を見つめながら考えを繰り返す。
 いつだって終わらない。
 答えが出ないその問いがずっと頭の中を駆け回って、自分の小ささを思い知る。
 上手く生きていける奴っていうのは、結局のところこんな問題で躓かないんだろうな。
 どっかで答えを見つけて、抜け出せる。
 器が大きいから、考え方も違う。
 ずるい。
 ずるい。
 ずるい。
 友達と馬鹿やってる時も、不意に過る。「こんな事やってて大丈夫か?」って。
 これが正しいのか?他にやるべき事があるじゃないか?後回しにして取り返しのつかない事になっていないか?
 それを誰かに話してしまえる程子どもじゃないし、それを一人で抱え込めるほど大人でも無い。
 中途半端な自分。

 どうしたらいいのか、わかんねーよ。

 こんな事を考えているのは俺だけで、他の奴らはそもそも何の疑問も持って無いのかもしれない。
 こんな事には気付かない方が良かったのかもしれない。
 
 明日が見えなくて、今日が終わるのが恐ろしい。
 
 眠らなければ、明日は来ないかもしれない。
 そう期待して、天井を見つめる。
 俺は今日も、今日が終わらない様に眠れずにいる。




+end+
2011.09.07-2012.01.28
















































34. 面倒事を全て後回しにしてきた結果がこれですよ。


-「助けて」と言えないから、言えないんです。-


「親が離婚した。」

「って、何てこたぁねぇよな。
 世間的に見れば殺人事件が起きるより日常的だよな。
 一般的っつーか、一般教養?
 今時離婚を経験してない夫婦の方が問題あるんじゃない?ってぐらい普通普通。
 普通すぎるって。
「んな顔すんなよ。
 幼児じゃあるまいし、義務教育も終わってるつー年頃で?クラスの殆どが両親離婚してて片親(もしくは再婚して両方居るってパターンもあるけど)しかいねーってのにそんな事でいちいち傷ついたりしねーよ。
 むしろ、子育てが嫌になったから殺しましたっつーよりマシ。
 夫婦間問題あるんで刺しましたとかだったら、俺学校どころじゃねーよ。人生真っ暗。
 親が殺人鬼ってアニメの中だけで十分だっての。
 だし…まぁ、少なくてもあんたにそんな心配される様な事でもねぇから。
「それに、そもそもずっとそんな感じだったしな。
 どっか違うっての?
 お互い隣に居るのに、全然別の場所に居る…みたいな?
 ずっと噛み合って無かったんだよ。それなのにずるずるずるずるここまできちゃってよ。
 無理に一緒に居ても何も無いじゃん?
 会話もそんな無かったよ。
 生活時間とかもワザとずらしてるみたいに思ってたし。
 他人…?みたいな空気あったし。
「お互い大恋愛の末に結婚っつっても、結局他人何だと思ったよ。
 ラブラブな思い出なんて、こうなっちゃ悲しいだけだよな。
 そんでも、子どもがいなけりゃもっと早く別れられて別の人生歩めたかもしれねーよ?しれねーけど…そりゃ仕方ねーわな。俺を作っちまったんだし。けどよ…
「なんか…どっか…
「いや、嫌だとかそんなんじゃねーんだけどさ…
「うん…まぁ…さびしいのかもな。ずっと一緒って信じるまでも無くそうだと思ってたからさ…。俺の人生から誰かが欠けるなんて思ってなかったから…。ドラマとかさ、友達とかさ、そんな話聞いてる時は「なんでそうなるんだろうなぁ。話し合えばいいのに」とか思ってたけど、こうゆうのって理屈じゃねーのな。感情とか勢いとか、タイミングも。全部噛み合っちまう瞬間があって、そこに行きあたったらTHE END。
「上手くいかねーよ。上手くいってるとは思って無かったけど、まさかなぁ…。ちょっと思っちまう。
「夜寝る時ってさ、普通の時より色々考えちまう時無い?俺はさ、時々ふっと浮かんでくるんだ。そんでさ、うっかり浮かんできちまってさ…
「今日から、母さん居ないんだ…って。
「んだよ、呼ぶだろ、母さんってぐらい。俺はそこまで素行悪くねーよ。
「でだ。思っちゃったら全部現実なんだよな。昼間とかさ、何も考えてねー時とかはさ、居なくても別に困らないし関係無いんだよ。全然大丈夫なんだよ。大丈夫なんだけどさ。思っちゃったらもう駄目だよな…。なんで居ないんだろう。
「いや、理由はわかってるけどさ。
「うん…って事で。」

 俺は公園のブランコから腰を上げた。
 キィ
 はずみで揺れたブランコが夜闇の静寂を賑わせたが、それも刹那的で、またすぐ夜闇だけになった。

「そんなわけで、親が離婚した。母さんは出てった。右唯ういが居ない間にバタバタっと起きちまったから…決まった後で悪いけど…」
「いいよ、一左いっさ。知らせてくれてありがとう。」
「礼言われるような事じゃねーよ。それ言うなら…帰ってきてくれてサンキュ…。」
「それも礼言われるような事じゃないよね。家族の事だもん。自分の親の事だもん。帰ってくるよ、何処で何してても。」
「すぐに連絡できれば良かったんだけど…何かわけわかんなくて、遅くなっちまった。」
「うん。そりゃその時すぐに連絡くれてたらと思うけど…それで何かが変わったなんて思わないしね。私が居た方がどうにか出来てたなんて無いし…。そう思うと一左だけでも居てくれてよかったよ。私より冷静になんかやってくれそう。」
「冷静じゃねーよ。全然。右唯が居てくれた方が感情的にがーっと何か言ってくれたりしたんじゃないかって思ってた。俺は…こういうイレギュラーは対処できねーわ。黙ってるだけ。それだけしか。」
「それでも、居ないより良かった。一左が居て、良かった。こんなとき思うね。二人で良かったって。双子で良かったって。兄弟じゃ無くて、双子で。」
「だなぁ。考え方とか全く違うけど、ある意味もう一人の自分ってか…それに値する様な…。」
「うんうん。」

 右唯もブランコから腰を上げて、俺の横に並んだ。
 キィ
 ブランコが錆びた音で揺れる。
 そっと、右唯が俺の左手を握ったので、俺は右唯の右手を握り返した。
 空を見上げると、良く晴れて星が見えた。

「これから…どうしようか…?」
「これから…どうしようか…。」
「どっちか選ぶんだね。」
「どっちか選ぶんだろうな…。」
「やっぱり、一左がお父さん…かな?」
「だろうなぁ。男は男同士のが良いだろうし。」
「料理できないのに?」
「じゃ、右唯もこっち来るか?」
「んー。となるとお父さんの所に二人とも行っちゃうじゃない。」
「だなー。母さんは一人ぼっちだ。」
「じゃぁ、だめー。」
「だめかー。」
「うん、だめー。」

 晴れた空の星は、歪んで見えた。
 俺たちは互いの手を確かめるように強く握りしめて、しっかりと立っていた。

「こんな日が来るなんてね。どっちかを選ぶ日が来るなんてね。」
「そうだな…。ドラマとかだけかと思ってたよ。」
「だねー。思えば周囲には沢山そんな人が居るのに、何で自分は大丈夫とか思ってたんだろうね…。」
「そうだよな。普通じゃないんだけど、今の世の中普通なのにな。」
「他人になっちゃんだね。名字が変わるから。」
「名字は変わるけど、他人にはならねーよ。俺たちはやっぱり家族だよ。家族だったんだから、これからも家族だ。ただ、場所が変わるだけ。字が変わるだけだ。」
「だけど、やっぱり、別だよ。もう、同じではないよ…。」
「同じじゃ…ない…か…」
「同じじゃない…よ。」

 どちらともなく手を離した。
 顔を見合わせると、二人とも泣いていた。
 俺が笑うと、こいつも笑った。
 東の空がじんわり赤く染まって、朝が近い事を知らせていた。

「帰ろうか。」
「うん、帰ろう。」

 何処へ帰れるのかは分からない。
 「帰る場所」は無くなってしまった。
 それでも、俺たちは帰らなくてはならない。

 明日が登りきる前に…。




+end+
2012.03.27