「とにもかくにもまずは話し合いませんかっ?」
幽霊になって二日目。もちろん私はまだこれと言った実感は無いけれど、このままこの幽霊生活が長引く事は断固拒否な訳で、昨日の事は夢だった早く忘れよう。としているお姉さんに向かって提案をする事にした。
「…やっぱり居たのね。」
朝食はコーヒーだけ。また絵に描いたような社長秘書っぷりにはちょっとだけ驚いた。
「話し合うことは特に無いわ。あなたは勝手に助かってくれればそれでいいの。あたしは特別何かを手伝う気なんて更々無いわ。いつも通りの生活を送るつもりよ。ただ片隅にあなたという存在がぶら下がっていても許容するという許可を自分に与えただけで。」
「えぇー。それは無いないないっ無いですね、お姉さん。昨日自己紹介して握手まで交わした仲じゃないですかっ。それを早々に裏切るなんて私はすっごいショックだったりして!」
「私は握手をした覚えは無いわ。ただ手を差し出しただけ。握ったか握ってないかなんて私には解りっこないもの。それに協力するとは言っていないわ。一言もね。」
「確かにですよ、確かに一言も言ってないですけど…あの行為は“たすける”と了承したようなものじゃありませんか?それにお姉さん。それにですよ、お姉さん。私が成仏しない限り一生付きまとわれますよ?四六時中。デートの時も。」
「気にしないわ。見られたら見せつけるがあたしのモットーなのをもう忘れた?幽霊に記憶能力なんてあるのかしら。」
「ありますよー。生きていたとき同様の能力は。それ以上もあるかもしれないですけどねっ。それでもですよ、私に付きまとわれるという事はつまり、騒音スピーカーを搭載して歩くのと同義の様なものだという事をお忘れですか?私はずぅぅううううっとお姉さんについて回って話しかけますよ。話しかけることがつまり私の存在のアピールなのですから。唯一ではありませんけど。」
お姉さんはしばし思考する様にあごの下に手を置いて、それから斜め上の方向に向かって話しかけた。丁度私の声がそこから聞こえているとでも言うように。
私は丁度そこに居て話しかけていたので、ついに私が見える様になったのかなとぬか喜びした。けれど、話し出したお姉さんはどうやら私の後ろの壁に掛かっている高級そうな絵画に向かって話しかけているみたいだった。
「とかくあたしはこの災いをどうにかしないとゆっくり静寂を味わえないみたいね。」
ゆっくりと噛締めるようにお姉さんは吐き出した。それはまるで自分に言い聞かせているみたいで、私は少し申し訳ない気分になった。
「そうですよ。それはとことん保障します。」
「だとしたら音速よりも早急な対処が必要だわ。あたしの時間はあたしだけのものだもの。あなた如きで邪魔なんてさせないわ。けれど、この話は今はもうこれで終わり。あたしにはあたしの生活がある。お金をもらえる仕事がね。」
「解りました。だけど私はお姉さんとは離れられない運命なので勝手に体がお姉さんに憑いて行っちゃうんですけど…もちろん良いですよね?」
「良いか悪いかなんてあたしには関係ないわ。答えなくてもあたしにどれだけ迷惑が掛かっているか解らない訳じゃないでしょう?それでもあえて答えが欲しいなら言うけど?」
お姉さんはそこで勝ち誇ったように笑った。
言わなくても解る。
くだらない質問はするなって釘をさしてるんだって。
それでも私はあえて言った。
「答えはいらないよ、もう私の心は決まってるから。お姉さんに憑いてくね!」
私の答えにまたお姉さんは苦虫を噛み潰したような顔になって(実際私はそんなもの噛み潰した事無いから、本当に噛み潰した時どんな顔になるかなんてわからないけど)、嫌そうに私に背を向けて歩き出した。
背を向けて歩き出したと言っても、お姉さんからしてみれば“無視して歩き出した”と言った所なんだろうけど。
こうして始まった私の幽霊生活二日目はとても有意義と呼べるものじゃなかった。
なにしろ幽霊になった一日目は気がついたらお姉さんの部屋にいたし、自分の死体の事は霞が掛かったようであまり詳しく覚えていないのだ。自分の事なのに後からお姉さんの説明で詳しく知ったぐらいだ。聞いてからとても後悔した。それは…食事中にはもっぱら言えないような惨状で…確かにミンチ的な物が食べたくなくなるような内容だったからだ。
だからこそ、私は死んで初めて町に出た。
町は何一つ変わっちゃいないのに…それはどこかテレビの中の遠い国のように感じで「しんだ」という事実を叩きつけられた気がした。
それにお姉さんは日中私を無視し続けた。
ともすれば本当に私の言葉が聞こえなくなったんじゃないかと思うほど。
ただ、たまに目の端がピクピク動いて、私の存在…というか話しかける声を鬱陶しがってる事がわかったから、聞こえてないわけじゃない事は認識できたけれど…
どうやら外では私の事は無視することに決めたみたい。
私は話し相手を意図的に失わされて、独り言をブツブツ呟いて一日を過ごす羽目になった。
そこでこの時間を使って私の未練を考えてみることにした。
思い残したこと…そんなものあったっけ?
私はどうやら死んでせいせいしているらしい。何処にも未練が見当たらずに気がつけば一日が終わってしまっていた。
お姉さんの家に帰り着くと、真っ先に私は怒られると思った。
あれだけ独り言を呟いてお姉さんを鬱陶しがらせていたのだから、一括静かに怒鳴られるかと思ったのだ。
けれどお姉さんはグラスにお酒を(といっても安い方のビールだったけれど)を注ぐと、
「あなた、未練が無いならあたしに恨みでもあるの?」
と聞いてきた。
まさか、とんでもない。初対面のお姉さんに?私は驚いて訳を聞いてみた。
「昼間あなたが呟いていた言葉を聞く限り、どうにも納得がいかないわ。未練が無いのなら、この世に留まる理由は無いはずよね?そして、いくらあたしがあなたを発見したとは言ってもあたしに取り憑くなんてやっぱりフに落ちないのよ。つまりなんらかの関係をあたし達が…もっぱらあなたが忘れているだけで、あなたあたしに何か恨みでも抱えていて取り憑いているんじゃないかとあたしは推測したわけ。」
どうやら私がブツブツ呟いていた独り言は、全てお姉さんと言う聞き手に拾われていたみたいだ。
無視しているのかと思ったら、聞き耳を立てていたり変な人。
だけど私はその意見に賛成と言う訳にはいかなかった。だってそうでしょ?お姉さんと私はどう考えても死体と発見者以外の接点が見当たらないんだから。
「恨みなんて私には一つも残ってないよ。もし残っていたとして、それでもこんな晴れ晴れとしていられるならそれはそれで大した恨みでも無いって感じだと思うし。」
「だったらいいの。ちょっと…これは聞いてみたくなっただけというようなそれだけの些細な物だから。だってそうでしょう?死体を発見したその日から不幸にもその幽霊に付きまとわれるだなんて。あたしの精神状態も少しは察しなさい。それとも、幽霊になると人間の感情には疎くなるのかしら?」
「まさかまさかですよー。私も幽霊になったものだから気を配るっていうの?そういうのにはちょっと抜けてた点もあるかもだから多めに見て欲しいんだけど。でもお姉さんって結構動揺してなさそうっていうか、幽霊の存在にも動じてないように見えたんだからそういうトコスルーしちゃってても仕方ないっていうの?言い訳にしかなんないかもかもだけど。」
「確かに言い訳ね。でも、そう。お互い動揺しているという点に関しては同じみたいね。あたしはこれからも今日の様にあなたに接するし、それを変える気はないわ。人の居るところであなたに話しかけるなんて空気に向かってキスするようなもの。ただの変人よ。だから、あなたと会話するのはあたしの家だけに限定するわ。けれどあなたにはそんなルール無用でしょう?」
「私は声も姿も見えないから?」
「そうよ、それ以外にある?だからあなたが話しかけてきれいればあたしはそれに対して記憶するわ。そして家に帰った後で一日分の返事を返すわ。」
「それってすごく大変だよ?だってその事について記憶しておかなきゃダメだし?」
「現にあたしは今日そうしてすごしてあなたに一日分の答えを返したわ。そしてさらにこう助言を加えましょうか?貴方の生活区域に明日から少しずつ足を運んで何か思い出さないかを検証していきませ・ん・か。と。」
「はー。」
私は感心してうなずいた。
確かに今日は無視されているかと思っていたけど、こうやって返事がもらえた。私自身言うだけ言って忘れてた所もあるのに…それに明日からはもっと行動範囲が広がるんだと思うと嬉しくなった。
「恨みの線はことごとく抹消されたけれど、それでも未練が無いとは言わせないわ。食べかけのドーナツを食べるというくだらない未練でもこの際早く成仏してくれるなら、ありでもいい。探しなさい。とりあえずあなたの生活区域を順に洗い出すわ。その為に今日、帰り道でわざわざこの辺りの地図を買っておいたのだから。」
お姉さんの鞄からはみ出ている長い紙の棒は何だと思っていたら…流石というか…
「準備がいいんだね、お姉さん。」
「頭の悪い人間とは違うからよ。」
口の悪ささえ何とかなれば…文句無いんだけどね。
2009.02.08
+死後一日目+ +死後三日目+
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