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ただ夢の中で私は、本当は呆れ返る程真剣に死にたがっていたのでしょう。
それが私の願なのか、誰の願なのか、そもそも願ですら無かったのかもしれませんが、それでも、君と出会った事が私にとって全ての………
White White Right
私は行詰まって、息詰まって、生詰まっていました。
私という人間が存在する事で得られる全ての価値など所詮、道端の何処にでも落ちているようなもので、その才能も何もかも、結局は何の役にも立たない。持っているだけ無駄。むしろ、持ってさえいなければ、こんな夢を見続ける事も無かったのかもしれませんが。
少し昔。まだ思い出せるほど遠い昔に、自分で自分を位置付けてからずっと、笑えない程一人ぼっちで、それを良しとしてきました。
その日、ずっと隣にあった温かい存在を二人失って、無条件で私を愛してくれていただろう存在を同時に失って、気でも狂ったのでしょうね。
もしかすると、ずっと前からそうであったものが、芽を出しただけなのかもしれませんが…。私はその存在を取り戻すと神に誓いました。
天に居て、別に何もしてくれないというあの神様ではありません。
私の心の中に住む、発明という名の…残酷な神に。
二人を作る事は容易ではありませんでした。あらゆる手法も、素材も、技術も全てがそれらを作るには私同様の役立たずで、こんなにも頑張っているのにと涙を流さずには立ち上がれませんでした。
何度作っても、蘇ろうとはしなかった二人。
夏の第41日目、私はまた失敗し、また失ってしまいました。
もうどうする事も出来ませんでした。
もどき…もどきと呼ぶにもおぞましい出来そこない。それらを片づけると、私は気分を変えるために久しぶりに外に出る事にしました。
前回外出したのは確か百回目の失敗をした日、日数に換算するなら一季節(一季節は372日)と91日振りです。気分を変えるというのは何て素晴らしい言葉なんですかね!そう思うだけで、残りの人生が希望という灯で燈されたかの様に明るく見えてきます!
私は私の発明した天気予測てる子ちゃんがあめっぽいの☆≠フマークを指している事を確認して、籠から白鳥の頭の付いた柄を引き抜くと、準備万全とばかりに町へとくりだしました。
いえ、くりだしたからと言って栗を出した訳ではありませんよ?
町までの距離は徒歩で約十分。そしてその内の半分に差し掛かったあたりで、私は落ち込んでいたとはいえ言い訳のできない最大のサプライズもといどっきりを自分に仕掛けてしまった事に気がつきました。
きっと私でなければ雨が降るまで気づかなかった事でしょう。
しかし、私であったから気づいてしまいました!なんと、私が雨具だと思って引き抜いてきたのは、私の発明品どこでもシャワークン18号だったのです!このどこでもシャワークン18号は、自動汲み上げ機能を搭載し、水分を察知すると本能的に汲み上げ作業に入ります。それはどんな小さな水たまりであろうと、ガラスの金魚鉢の水であろうと効果は変わりません!実証保証付きです!そして汲みあがった水はこの乙女にかわE→と騒がれても仕方がないこの白鳥の口から放出されます!この白鳥の存在こそがこのシャワークンのユーモアセンスやキュートさを引き立たせてくれているのです!そしてそして、この口は水が汲みあがってくると自動的に開きます。中には無数の穴があいてあり、文字通りシャワーとして利用できます!差し込むだけでどんな水もシャワーに変えるお出掛け☆旅行の必須アイテムなのです!18号の号数に大した意味はありません。17回失敗した後の18回目が成功したわけでもありません!18号までが名前で、それ以上の意味は無いのです!略してシャワークンです!
しかし、このシャワークンには勿論雨を防ぐという機能は付いていません。これが家を出て三歩の距離ならちゃんとした雨具を取りに帰るところですが、このフィフティーフィフティーの中途半端な距離!家も町もどっちもどっちです!全く、私を悩ませるとは罪な発明品です。憎めない奴ですね。
まぁ、いいでしょう。雨に打たれるのは嫌いではありません。幸いまだ晴れ間は続いています。雨が降ってから考える事にしましょう。それにしても、雨具として使えない今、この発明をいつまでも持って歩き続けなければいけないというのも…傍迷惑な感じですね。そもそも手に何かを持って歩くという事は、半分自殺行為にも取れます。咄嗟の時に自分自身によって手が塞がれているのですから格好悪い話です!私の作品で無ければ今すぐその辺りにでも捨ててしまいそうです!しかし、残念な事に何処をどう取ってもこれは私の素晴らしい作品です!これはまた違った意味で罪作りな!捨てる事も出来ずに、永遠の手荷物とはこれ以上私は一体どうすれば…なんとも扱いの難しい子です。
あぁ、そうです。
折角町に行くのですから、この素晴らしい発明品を見せびらかして歩きましょう!そうすればこれは手荷物ではない立派な……えー…あれです。見せびらかすまでは手荷物の呼称となりそうですね。
まぁ、いいでしょう。私は意気揚々と町の広場に向かいます。
広場にはこの暑い夏を象徴するかの様な噴水が堂々とセンターを陣取り、いつもに増して高らかに、まるで飛んでけー″とばかりに水を噴き上げていました。更にそこかしこに人・人・人!一季節と91日振りに気分を変えてみた私にとって、これは目まぐるしい人間の量です!ある程度噴水に飛ばされても良い程です!
広場の3分の1は埋め尽くされているのではないかという幻覚さえ引き起こしかねません!あぁ、ほら、御覧なさい。世の中の人の多さに辟易している人物が今まさに噴水に飛び込もうとしています。もしかするとあまりに暑いこの夏に負けて噴水に生ろうとしているのかもしれませんね。きっと涼しいでしょうね、噴水に生れたら。いえいえ、流石にそれは無いかもしれませんね。見るとまだまだ若者。最近の若者はいつだって死ぬ事しか考えていませんから、これは堂々とした自殺なのかもしれませんね!あるいは、単なる水浴びか…水浴びなら私のこの素晴らしい発明品を貸してやらない訳はありません!存分に堪能していただきましょう!
私は出来るだけ足音を立てないようにつま先歩きでそっと近づき、
「それは、遠回りな自殺なのか水浴びなのか、の二者択一なのですか?水浴びなら、もっと良いものがありますよ。近頃めっきり腕を上げたこの私の最新作!どこでもシャワークン18号です!」
高々とシャワークンを掲げました。その若者は目をあんぐりとさせてしばらく私を見ていましたが、私のシャワークンに対する説明もそこそこに
「僕は水にはなるが、シャワーには興味が無い。」
などと、ある意味挑発ともとれるような態度で水面から顔を引き上げ、私の顔…いえ、額を見つめるような目線でそう言い放ったのです!挙句、水に生ること自体がおかしい事だとあからさまな嘲笑で私に挑戦状を叩き付けてきたのです! 更に、私がシャワークンがいかに素晴らしいかという説明に話を戻せば戻すほど、まるで買い物中の主婦のような素早さでもって、話題を自分の方へ自分の方へと変えてしまうではありませんか!どう見ても女性は私ですよ!私だというのに!彼は主婦すらも凌駕する力を持っているとでも言うのでしょうか!忌々しいですね!
こうなっては私も一歩も引きさがる気はありません!シャワークンの素晴らしさを理解させる為にも、その挑戦に真っ向から立ち向かってみせましょう!勝つのは私です!私にはまだ素晴らしい切札があるのですからね!
そう、その切札とは、
「私は天才です。」
切札とは、私自身のこの才能です!頭の弱そうなこのお坊ちゃんには一から千まで順序立てて紐解いて説明をしてやってこその天才!器が試されるとはこの事ですね!
御覧なさい。私が天才だと分かった瞬間に彼の態度は見るみる良好的に変わってくるはずです!この流れでもう一度シャワークンの説明です!どうです、もはや私を尊敬するしかないでしょう!
しかしこの若者、どうにも強敵。
「どう見てもこのシャワークンの棒の部分は30cm程ですよね?水たまりに差し込んで、それで果たして満足シャワーとしての機能を利用出来るんですか?出来るのは地を這いつくばるような小さな生物…犬や猫などのペット類ぐらいじゃないんですか?それに、水たまりの水って満足にシャワーとして使えるような水じゃないですよね?貴方の言葉を借りるとすれば…ばっちぃいですよね?それって、利用する意味があるのですか?」
などと勝ち誇ったような態度。全く、どうして理解できないのでしょうね。
「意味なんてありませんよ。」
「はっ?」
「そんなものに、意味なんてありません!」
こんなことも解らないなんて、今まで何をして生きてきたんでしょうね。ここまで私たちを苔にするとは、いっそ小気味良いと評価するべきかもしれません。
私はこれまでの口論の数々に終止符を打つように胸を張って答えました。
「あるのは存在意義だけです!」
とても清々しい気分でした。
すると、どうやらようやくこの鈍い若者にも言葉が通じた様で、
「分かりました。もうその点について議論するのは止めましょう。折角と言う程の物ではないのであまり一概には言えませんが、これはやっぱり来てしまった僕の誕生日祝いにしてはどうにも派手すぎます。」
両手をオーバーに広げてやれやれと降参を申し込んできたではありませんか!それに、よく聞くとどうやらこの若者にとって今日は人生何度目かのスタートの日だった様ですね。ここは一つ
「おめでとう≠ニでも言っておきましょう」
言葉にはお金も義務も義理もかかりません。他人同士の関係を祝うには十二分過ぎる事でしょう。
私は誕生日というものにそこまで関心はありませんが、今日、誕生日なんだ≠ニ自ら宣言する様な人間に、おめでとうを言ってあげないほど鬼ではありません。
そうです。ついでなのでこの手荷物…いえ、素晴らしい私の発明品をプレゼントしてあげましょう!これが本当のサプライズです!我ながら素晴らしすぎて先に感動してしまいそうですね!素敵な思いつきです!グッジョブわたし!ナイス、わたし!
「とてもおめでたいのでこのシャワークンは君にあげますよ。最初に言いましたが量産はしていません。唯一の完成品ですが君にあげます。私が作り上げた傑作です。」
その一つ一つに魂が込められていると言っても過言ではありません。
その一つ一つに命を織り込んだと言っても過言ではありません。
ですので、
「無碍にすると、呪いますよ。」
せっかく決めポーズその3(人差し指を突きつけ、腰に手を当てるポーズ)で決めようと思ってこの言葉を吐いたというのに、この大事な時に噴水からわーいと飛び出した水しぶきの一部が私の目に入ってそれ所ではなくなってしまいました!
汚い水が目に入ると、水道水が目に入るより痛い気がします!
ばっちぃーばっちいよ!
これは早急に綺麗な水・蒸留水などで洗浄しなければ私の目が腐って溶けてしまうかもしれません!恐ろしい、細菌類!
私はもうとにかく一刻も早く帰って手当てをしなければと急いでシャワークンを贈呈し、ついでに「お似合いですよ。」とか適当な言葉を吐いてその場から離れようとしました。
帰らなくては、帰らなくては、帰らなくては!
けれどもどこをどう間違ってしまったのか、プレゼント効果?まさか!しかし何らかの働きによってあろうことかその若者は私との会話を続け、居場所までをも問い詰めてきたのです!まずいですね、この若者…私の発明品に感動して技術を盗みに来るつもりかもしれません!ああ、何と言う事でしょう!今はそんな事には構っていられないというのに!そうです!とりあえず洗浄・消毒・殺菌です!
私は更に適当な事を言って、なんとか相手を振り切りました。
しかし、駆け足で進もうにもスパイに気付きましたという風体になりかねません!相手にそれを気付かれてしまえば、もう私の人生が終わります!そもそも普段からあまり運動をしていませんので、長距離には向かないんですよ、この体!勿論、追ってこられたら全速全身全霊で走り抜ける覚悟です!
けれど、忘れていました。
この人だかりを!
どうにも通行人というものはふらふらと歩いていて、予測し辛いものです!あっという間に囲まれて身動きが取れなくなってしまいました!彼らの流れに流されながらどうにか頑張るしかないのでしょうね、これでは!
いえ、もしかしたら彼らも全員スパイの一味ですか?!
そう思った矢先、
「は か せ!」
遠くの噴水から私を呼ぶ声が聞こえました。
誰かからこんな風に呼ばれるのは、本当に久しぶりです。
全くこの忙しいときに、どういう事ですかね!
あまりに久しぶりすぎて、振り返ってしまったのは迂闊でした。
「あ り が と う」
振り返った瞬間届いた言葉。
今、彼はありがとうと言いました…か?
まさか…そんな言葉を…聞く事になるなんて…
ありえないですね。
聞かなかった事にして帰りましょう。
聞かなかった、
聞かなかった。
私は何も、聞かなかった。
あはは。笑っちゃいますね。
ありがとうだなんて、そんな一言で、私の心が何故か嬉々として、今の空のように天晴として、私の天気予測てる子ちゃんがやっぱり予測し間違って、また天気を言い当てられない記録を更新してしまって、まだ一度も天気を当てられずにいて…でもそんな事と同じぐらい愛おしい。
ありがとう。ありがとう。
ありがとうは良い言葉。
良い気分です。
おや、新しい発明を思いつきました!
名付けて、アリが十ハッピー≠ナす!小さな十匹のアリが出てきて、いつでもありがとうと言ってくれる、感謝の言葉が言えない人や、誰でもいいから言ってもらいたい人にぴったりの発明品です!とても素晴らしいアイディアですね!帰ったらさっそくアリを捕まえて研究しましょう!
久しぶりに、腕がなりますね!
私の頭の中はもうアリとありがとうで一杯の満員電車です。
家に帰る頃には、このアイディアの元になった人物や目に入った汚水の事は全て脳外へ追い出され、シャワークンがどこへ行ってしまったのかと悩む羽目になるのですが…。
シャワークンは水をのどに詰まらせて土の下の住人になったと思い込むことでひとまず決着をつける事に決めました。
三分間黙祷を捧げ、最後の最後まで罪作りなシャワークンに思いを馳せて、今日という日に静かに終わりを告げました。
そして、私という博士は生まれて初めて夢を見ました。
「ありがとう」
誰かが私の名前を呼んで、
そう言ってくれる。
私が初めて見た夢は、目が覚めると消えてなくなってしまうであろう、儚くて愛おしい夢でした。
願わくは明日への夢を。
願わくは昨日にも愛を。
夢の中で私は、
ひさびさに、
とても、
「生きた気分」になりました。
プライスレス 【priceless】
非常に貴重なこと。金で買えないようなこと。
オンリーワン 【only one】
ただ一つ。たった一つ。
「プライスレスなオンリーワン」
=お金では買えないたった一つのモノ。
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