Black Black Dark




 ただ夢の中で僕は、本当は呆れ返る程真剣に生きていたんだろう。
 それが僕の夢なのか、誰の夢なのか、そもそも夢であったのかさえ定かではないけれど、それでも、貴女と出会えた事が僕にとって唯一の………


 Black Black Dark


 広場の噴水は、今日も循環し続け、仕組まれたプログラムによって高く…または低く吹き上げられている。
 薄汚れた水。
 繰り返し使われて、使われるだけ使われて、そしていつか蒸発する日を夢に見るのだろう。
 水の夢。
 汚れても尚、輝き続ける夏のオブジェ。

 夏の第41日目、僕はまた一つ年をとってしまった。

 数えなくても自分が何歳になったかは迷わず思い出せた。なんて残念な記憶力の良さ。僕はもうこのままその噴水の水となって循環される人生でも、今の僕の人生を僕のまま終えるより遥かにマシだろう。
 そして身長171cmぐらい(ぐらいというのも、随分前に測った時の数値なので伸びている可能性がある)の僕が、バスタブに使えるぐらいの余裕はある噴水(可能なぐらい近い図として、両膝を抱え込んで座れば腰の辺りまでの水位。縁に頭を乗せて全身を伸ばせば、足が少し食み出るぐらいの直径の噴水を想像して頂ければ良いと思う)に浸ってしまえば、徐々に僕は水にれるのではないかと考えていた。

 妄想ではない。

 現実からは離れてはいたけれど、今なら可能だと信じていたからだ。
 脳を溶かす様な真夏の太陽が無ければ、僕はもっと冷静で居られただろう。
 けれど何年も経って、僕はこの夏の異常な暑さに感謝する日が来るのだ。
 それは、もう、頭…突っ込んじゃおっかな…≠ニ水面に映る自分を覗き込んでいる時に事は起きた。

「それは、遠回りな自殺なのか水浴びなのか、の二者択一なのですか?」

 右側に映る影が僕と同じ様に水面スレスレまで身を乗り出し、体をクの字に曲げ、鼻と鼻が触れ合うその距離で僕を覗き込んでいた。
「水浴びなら、もっと良いものがありますよ。近頃めっきり腕を上げたこの私の最新作!どこでもシャワークン18号です!」
 それから、その人物はとても残念な頭を持っているかの様に、むしろ残念な頭しか持っていないかの様に、右手に何処からともなく白鳥の頭の突いた棒状の物体を取りだし、掲げて見せた。
「ふっふっふ。珍しいといった顔ですね!そうですとも!まだ世の中に出回っていない、もしかして?いえ、もしかしなくても!君が世界初の目撃者となるこのキュートかつエレガンツな便利グッズ!カッコ量産はしておりません。<Jッコとじる!なのですからね!その様な珍妙な顔になるのも仕方ありません。大丈夫です、私はとても理解していますよ!」
 僕はそのシャワークンが珍妙だから、唖然としていたわけではない。珍しいと言った顔つきもしているつもりはない。
 それに、珍しいのはどちらかというとその人物の存在だった。
 白衣姿に、ザンバラに切られた髪、清潔なイメージと陰湿なイメージを兼ね備えたそんな外観からは想像もつかない、中身の爆発した人間。
 それ以前に、なぜ僕に声をかけたのかがまったくもって理解不能だ。右手の白鳥の頭よりももしかすると意味不明だった。
 僕はお世辞にも人付き合いが得意とは言えなかったので、そんな不気味な存在に対してあからさまに警戒して答えた。

「僕は水にはなるが、シャワーには興味が無い。」

 …

 受け答えを間違えたのは、僕の方だった。
 スベッた?恥ずかしい!
 僕はこの瞬間、自分の脳内もとても残念だった事を思い知った。
 人付き合いが苦手にも程がある。見ず知らずの人間に、そんな頭の悪い事を発言してしまった人間が自分自身である事をとても認めたくない!ここ数カ月誰とも会話をしなかったからと言って、会話の練習をしなかった訳ではない。そこかしこの壁や机や静かに話を聞いてくれる無機物達にぶつぶつと話しかけては、こう答えられたらこう返そう。ああ聞かれたらああと言おう。と練習してきたというのに!その苦労は今や水の泡になってしまった!いや、しかし僕の苦労が水の泡になったと言う事は、僕自身は水にれたという事だろうか?だとしたら、僕の願いはこの瞬間かなったという事になる。僕はこの噴水に吹き上げられ、いつの日か蒸発する日を夢に見るのだ。人間一人が蒸発してしまうと厄介だが、これなら誰に迷惑を掛ける訳でもない。円満解決だ!
 間違った受け答えをした刹那の一秒の間で、僕は僕の人生の結末を視た。
 それは、沢山の輝く水飛沫となってヤンヤヤンヤと打ち上げられる、そんな素敵な未来だった。
 そしてその想像は、自称キュートかつエレガンツな白鳥の頭がついた棒の存在によって現実に引き戻される事になる。
「このシャワーに興味が無い!何という事でしょう!私の発明人生にまっくろくろくろな汚点を残させるような発言ですね!それに、人間が水になるには膨大な時間と何より何度か生まれ変わるぐらいの忍耐が無くてはいけません!人間はすぐに水にはなれませんよ、君。本来生命は水から生まれたというのに、自ら生み出した文明と知識の蓄積によって本来の場所に廻り還る事の出来ない可哀想な生き物になってしまったのですからね!君、君が水になりたいと思うのはごく自然の成り行きですよ、ただ、時間はかかりますし、噴水はおやめなさい。」
「何故です?」
「汚いからです!ばっちぃからですよ!ばっちりばっちぃからですよ!ここの噴水はおそらく吹き上げて落ちてきた水をそのまままた吸いこんで吹き上げているだけです!濾過すらしていないでしょう!細菌類の宝庫です!噴水の音を聞けば、それが解ります!確かに吹きあがる水に憧れを抱く年頃でしょうが、噴水はおやめなさい。もし、どうしてもと言うなら、もう少しましな噴水を紹介してあげますっ。全く。最近の若い人は噴水の見分けも出来ないんですね、飽きれます。」
「いえ、普通そんな人はいませんよ。噴水の水が循環されているのは暗黙の了解というか…節約の意味を兼ねていると思いますし、誰も噴水の種類に疑問を抱かないでしょう。ばっちぃって何ですか。それに、そもそも水になる発言に突っ込む訳でもなく純粋に乗っかってこられると、僕としてはこの…自分を残念に思ってしまったあの一秒間がどうしようもなく無駄な物になってしまった気がして気が気ではありません。正気の人間はそもそも僕の様に日陰に生きる事を良しとした者に対してとても冷たく残酷な判断を下すのが世の常、人の常、お約束といった所ですか?だと言うのに、貴方は何故わざわざそうろうとしていた僕に声を掛けてしまったんですか?貴方はそのシャワークンで一体何がしたいのですか?」
 心を吐きだす学生と言うよりか、真相を解き明かす名探偵のようなノリで僕はここまでの台詞を噛まずに言い終えた。後は相手の出方次第だ。
 しかし、本当に警戒に値する人物かどうかは怪しくなってきた。
「おやおや。心外ですね。私は無駄な時間を使って声をかけたつもりはありませんよ。私が誰に声をかけようと私の自由です!それを君にとやかく言われるとは、心外です。それにこのシャワークンが何故こんなにキュートかという質問が出ないのが癪に障ります。私は今、その点について憤慨していると言っても過言ではありません!このシャワークンの説明を君の話で何度飛ばされたと思っているのです!女性同士の会話は話が飛び飛びで前後左右飛躍しまくっているとは言いますが、君はどう考えても私とは正反対の異性にしか見えません!何故そんな女子のようなノリで会話を進めるのです!いい加減シャワークンの説明をおとなしく黙ってお聞きなさい!水になるのはそれからでも遅くは無いでしょう!」
 会話が微妙にかみ合わないのは、僕のせいか?!そんなはずはない。どちらかというと、目の前でいつまでもシャワークンを振りかざし地団駄を踏んでいる貴方のせいではないだろうか。
 しかしここは僕が。大人・・になって、大人・・気無くキーっと奇声を上げて憤慨している様子を体現している彼女におとなしく・・・・・発言を譲る事にした。
 しばらく僕は出来る限り沈黙を守ろう。
「では、聞かせてください。」
私は天才です。・・・・・・
 彼女はまじめな顔で背筋を伸ばして、僕の目を見てはっきり言った。
 一言目で僕の沈黙の誓いは崩壊した。
「信じられません!何ですか、言うに事欠いて貴方は!!」
「聞かせてくださいと言ったのは君ですよ。何ですか、人が順序立てて成功の軌跡をとくと披露という時に横やりを入れて!」
「横やりでも縦やりでもなんでも入れるものは入れますよ!話は飛躍していますし、まずそこは聞いていません!」
「何ですか、私は天才であるだけではないんですよ!」
「どういう事ですか?」
「私は天才で発明家なのです。もう博士と呼んでくださって構いませんよ。」
 僕はやはり怪しいこの人物が、脳内の作り的にも怪しいとようやく決断した。
身を乗り出す様に、大きな一歩を踏み出して大仰な身振りでシャワークンを振りかざし、博士という人物は語り始めた。
「その天才であるところの私が作りだしたのが、このどこでもシャワークン18号です!18号の号数に大した意味はありません。17回失敗した後の18回目が成功したわけでもありません!18号までが名前で、それ以上の意味は無いのです!略してシャワークン。このシャワークンは自動汲み上げ機能を搭載し、水分を察知すると本能的に汲み上げ作業に入ります。それはどんな小さな水たまりであろうと、ガラスの金魚鉢の水であろうと効果は変わりません!実証保証付きです!そして汲みあがった水はこの乙女にかわE→と騒がれても仕方がないこの白鳥の口から放出されます!この白鳥の存在こそがこのシャワークンのユーモアセンスやキュートさを引き立たせてくれているのです!そしてそして、この口は水が汲みあがってくると自動的に開きます。中には無数の穴があいてあり、文字通りシャワーとして利用できます!差し込むだけでどんな水もシャワーに変えるお出掛け☆旅行の必須アイテム!それがこのどこでもシャワークン18号なのです!どうです!お解りいただけたでしょう、この素晴らしさが!」
 高揚している自称博士に、僕はすかさず突っ込んだ。
「どう見てもこのシャワークンの棒の部分は30cm程ですよね?水たまりに差し込んで、それで果たして満足シャワーとしての機能を利用出来るんですか?出来るのは地を這いつくばるような小さな生物…犬や猫などのペット類ぐらいじゃないんですか?それに、水たまりの水って満足にシャワーとして使えるような水じゃないですよね?貴方の言葉を借りるとすれば…ばっちぃいですよね?それって、利用する意味があるのですか?」
「意味なんてありませんよ。」
「はっ?」
「そんなものに、意味なんてありません!あるのは存在意義だけです!」
 博士という存在は、胸を張って言いきった。
 無駄に格好いい。
「分かりました。もうその点について議論するのは止めましょう。折角と言う程の物ではないのであまり一概には言えませんが、これはやっぱり来てしまった僕の誕生日祝いにしてはどうにも派手すぎます。」
「おやおやおや。今日は君の誕生日だったのですか。そうですか、それではおめでとう≠ニでも言っておきましょう。誕生日なんてタダの節目であって、おめでとうなんて他人に言われてもそこまで気分のいいものでは無いかもしれませんが、私も大人です。社交辞令ぐらい弁えていますよ。」
「何だかとても皮肉めいた言い方をしますね。誕生日に恨みでもあるんですか?」
「そんなものはありませんよ。誕生日に関するエピソードは殆ど無いと言っても過言ではありません。けれど、今日から君の人生はまた一つ始まるという訳ですね。あーすばらしいですね。とてもすばらしー。」
「だらけた感じで言わないでください。誕生日に一つの感動もない僕でも、落ち込む誕生日なりそうです。」
「そうですか、ではこんな日は早く帰るとしましょう。あぁ、とてもおめでたいのでこのシャワークンは君にあげますよ。最初に言いましたが量産はしていません。唯一の完成品ですが君にあげます。私が作り上げた傑作です。無碍にすると、呪いますよ。」
 彼女はとても迷惑な事に軽くウィンクをし、僕にその白鳥の顔を押しつけて満足そうにうなずいた。
「お似合いですよ。」
「それはそれは…では、折角なのでありがたく頂きます。それはそうと、名前をまだお聞きしていませんでしたね、この近くにでも住んでいるんですか?僕はこの界隈をよくさ迷っている方ですが、貴方のような人に出会ったのは今日が初めてです。偶々の記念日についでですから教えて頂けませんか。」
 僕の気が向いたのか、魔が差したのかは定かではないが、本来興味を持つべきではない人間について、僕はこの時少し気を許してしまっていた。
 誕生日におめでとうを言ってもらったのは、本当に初めてだったのだ。  それは僕の気分を高揚させるには十分すぎる威力で、そして、僕は初めて今日が誕生日でよかったと思った。
 プレゼントを貰ったのも、生まれて初めてだった。
 だからだろうか。他人が祝われている誕生日と同じ目に僕は今、初めて出会って…そして気が狂ってしまったのかもしれない。
 それなら、それでいい。
 僕は初めて、自分から彼女の眼を見た。
 反対に彼女は、「名乗る名前なんて、もうありません。」と僕から目を反らして答えた。
「呼びたければ博士と呼んでくれて構いませんよ。私の研究室はすぐ近くです。ですが、貴方に用はありません。これ以上は、しゃべりすぎですよ。」
 そして突然拒絶するようにそのまま背を向けると、
「さぁ、もう水にでも何にでもっていいですよ。そして今日の日事流してしまいましょう。」
 そう言って何事も無かったかのようにふらふらっと立ち去ってしまった。
 今までの会話も、僕の存在も、全て忘れてしまったかのように…。
 けれど、僕の手にはシャワークンが握られている。
「悪い事…言ったかな…。」
 シャワークンの無機物的な感触を手に、僕は茫然と後姿を見送った。
 その感触だけが、今までの不思議な空間を夢じゃなかった≠ニ忘れさせないで繋いでくれていた。
 僕はその手を少しだけ伸ばして、触れられる距離にまだあった噴水の中に突っ込んだ。
 小さな機械音の後に、水が汲みあげられ、白鳥の口が開いた。
 開いた口からなんとも頼りないちろちろとした勢いの水がシャワー状になって現れた。
「何だよ、結局シャワーとしても微妙じゃないか…。」
 けれど、どうしてこんなに泣けてくるんだろう。
「博士…」
 博士。
 博士。
 博士。
 博士。
 おめでとうを言ってくれた初めての人。
 プレゼントをくれた初めての人。
 博士。
 博士。
 博士。



 ただ夢の中で僕は、呆れ返る程に真剣に生きていたのだと思う。
 それが僕の夢なのか、誰の夢なのか、そもそも夢であったのかさえさだかではないけれど、それでも、貴女と出会えた事が僕にとって唯一の

……奇跡。

 僕はそのどこでもシャワークン18号をしっかと握りしめ、ありったけの大声で叫んだ。僕の何処にこんな力があったのか、その時の僕はそんな事すら考える暇も無かった。

 ただ叫んで、叫んだ。

「は か せ!」

 人ごみに消えかけていた背中が、振り向いた。
 
「あ り が と う」僕はそれだけ言った。
 博士はやっぱり何事も無かったかのように僕に背を向けて歩きだしたけれど、僕はそれでよかった。
 僕の心の中には、もう、貴女がいたのだから。


 博士。

 博士。

 博士。


 
 世の中の全てをただ、貴女の為に。
 世の中の全てをただ、貴女と共に。


 僕は生れてから初めて、
 今日、
 ようやく、
 少し、






































        「生きたい」と思った。



























  プライスレス 【priceless】
  非常に貴重なこと。金で買えないようなこと。

  オンリーワン 【only one】
  ただ一つ。たった一つ。


  「プライスレスなオンリーワン」

  =お金では買えないたった一つのモノ。